日本を代表し、世界中で読まれている村上春樹作品。卓越した比喩と、謎めいたストーリー、ムラカミワールドとしか形容のできない唯一無二の世界観、村上春樹の魅力を語り出すとキリがない。
村上春樹作品が持つ雰囲気は映像化するのが難しいと思うのだが、これまでにいくつか映画化されている。映画によっては忠実に映画化したものと独自の脚色を加えたものがある。
村上春樹原作の映画を紹介しよう。
- 風の歌を聞け
- 100%の女の子・パン屋襲撃
- 森の向う側
- トニー滝谷
- 神の子どもたちはみな踊る
- ノルウェイの森
- バーニング
- ハレナイ・ベイ
- ドライブ・マイ・カー
- 番外編 『ドリーミング村上春樹』
- 番外編 『村上春樹 映画の旅』
風の歌を聞け
1979年度、第22回「群像」新人文学賞を受賞した村上春樹の最初の長編小説「風の歌を聴け」の映画化。村上春樹と芦屋市の中学校の同窓生でもある大森一樹監督が、『ヒポクラテスたち』(80年)の翌年に描いた70年代青春映画の佳作。主人公の「僕」を小林薫、「小指のない女」を真行寺君枝、「鼠」を<ヒカシュー>の巻上公一が演じている他、ジャズ・ミュージシャンの坂田明、当時、自主映画の人気女優だった室井滋が出演。
村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の映画化。特にこれといったストーリーがない(厳密に言うとバラバラの断片の中にストーリーが隠されている)『風の歌を聴け』を映像に落とし込んでいて、独特な雰囲気を映像で表現している。イメージとしては昔のトレンディードラマぽい感じもあり、ゴダールの映画のような雰囲気もある。
ジェイズバー、小指のない女の子、僕と鼠、と『風の歌を聴け』の読者ならお馴染みのモチーフが映像化されているのは不思議な気分だった。
原作に忠実と言うわけではなく、鼠が小説ではなく映画を作っていたりと変更点もある。また『1973年のピンボール』のエピソードも少し加えられている。
Hear the Wind Sing 「風の歌を聴け」 (1981) Trailer 予告編
100%の女の子・パン屋襲撃
村上春樹原作の短編映画2作品を収録。センチメンタルでちょっぴり悲しいストーリー『100%の女の子』と、スタイリッシュな映像と独特のユーモアが秀逸な『パン屋襲撃』。ロンドン国際映画祭他、世界10ヵ国の映画祭で絶賛された傑作短編集。
村上春樹の傑作短編小説としても名高い「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」と「パン屋襲撃」の二作を映画化。室井滋が主演を演じている。両作品とも20分に満たない短編映画ではあるが、遊び心に溢れた演出がなされている。
森の向う側
タイトルとは違っているが、『森の向こう側』は短編小説「土の中の彼女の小さな犬」を映画化したものだ。「土の中の彼女の小さな犬」という小説は短編集『中国行きのスロウボード』に収録されている。原作に忠実に映画化されている作品だ。
行方不明になっている友人を探すため、リゾートホテルへやって来た主人公は、食堂で1人の女性を見かける。主人公はその女性と打ち解けていき、彼女が心に秘めていた秘密を知ることになる。
DVDも見つからず、Netflixやprimevideoでも配信されていないので、現在この作品を鑑賞することは困難だ。非常に残念である。
トニー滝谷
村上春樹の原作を市川準監督がイッセー尾形と宮沢りえを主演に迎えて映画化。孤独を常としてきながらある女性を愛した男・トニーの姿を通し、最愛の人を失う切なさと人を愛する喜びを映し出す。
村上春樹の短編小説の中でも人気が高い「トニー滝谷」の映画化。「トニー滝谷」は短編集『レキシントンの幽霊』に収録されている短編小説で、主人公・トニー滝谷が抱える孤独を描いた作品だ。
監督の市川準、主演のイッセー尾形はともに村上春樹ファンであるようだ。孤独を抱えて成長したトニー滝谷と、服に異様な執着を見せる妻。トニーは妻を失ってしまうのだが、彼の元には妻が残した膨大な量の服があった。トニーは妻が残した衣服を着てくれる女性を探すのだが...
西島秀俊のナレーションや坂本龍一作曲のピアノ曲が静謐な雰囲気の作品を彩る。また原作にはないエピローグが付け加えられている。
神の子どもたちはみな踊る
ロサンゼルスに住む若者ケンゴは、宗教活動に情熱を注ぐエキセントリックで美貌の母・イヴリンとの二人暮らし。イヴリンはケンゴを全身全霊で愛し、「神の子」だと言って育ててきた。恩人であり職場のボスでもあるグレンとも距離を置いた付き合いしかできず、恋人のサンドラが結婚したいと願っても、「神の子」であることを理由にそれをはねのけるケンゴ。人生に踏み出せぬ彼の前に、ある日、耳の欠けた男が現れる。それは、本当の父かもしれぬ男。必死に彼の後を追うケンゴは、思いも寄らぬ体験をする‥。
「神の子どもたちはみな踊る」の映画化。原作小説は日本を舞台としているが、映画では舞台がアメリカに変更になっており、登場人物もすべてアメリカ人となっている。
出生時のエピソードから「神の子」と呼ばれるケンゴ。自らの父と思わしき人を見つけ、後を追いかけるのだが...
ノルウェイの森
村上春樹原作の『ノルウェイの森』が名匠トラン・アン・ユンによって映画化!高校時代に親友・キズキを自殺で喪ったワタナベは、偶然キズキの恋人だった直子と再会する。大切なものを喪った者同士付き合いを深めていき、ワタナベは直子に魅かれていく。だが、直子は京都の療養所に入院することになり…。松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子ほか出演。
村上春樹の代表作である『ノルウェイの森』の映画化だ。監督は『青いパパイヤの香り』のトラ・アン・ユン。村上春樹から映画化の許可を得るのに4年かかったそうだ。また、異例なことにビートルズの「ノルウェイの森」の原曲使用許可が下りている。
『ノルウェイの森』は村上春樹作品の中でも広く知れ渡った作品であるので、「原作のイメージを壊さないでほしい」と厳しい目で見られることも多いと思うが、原作の文章が持つ独特の雰囲気をうまく映画化できていると個人的には感じた。学生運動真っ盛りの大学の雰囲気や原作が持つじっとりとした雰囲気など忠実に再現されていた。草原のシーンもすごく叙情的で美しい。
配役に関していえば、ワタナベを演じた松山ケンイチや永沢さんはイメージが近かった。特に、緑役を演じた水原希子はかなりハマり役だと思う。
ただ、原作の重要なシーンがいくつか割愛されていて、そこが残念なところだった。あのシーンがなかったら、意味が分かりにくいと感じる部分が多かったのが残念なポイント。きっと、尺の都合で映像化できなかったのではと思うけど。原作が大好きなので厳しいことも書いてしまったが、村上春樹作品の雰囲気をうまく映画化できた成功例ではないかなと思う。
バーニング
世界的ベストセラー作家・村上春樹の“小説家デビュー40周年記念イヤー"である今年、 短編小説「納屋を焼く」を原作とした極上のミステリーが誕生。全編に仕掛けられた伏線、現実と幻像がクロスする映像、映画だけの衝撃的ラストなど、原作を大胆に脚色しつつも、その世界感を完璧に表現したイ・チャンドン監督の最高傑作! 人気俳優ユ・アイン、ドラマ「ウォーキング・デッド」のスティーブン・ユァン、新人女優チョン・ジョンソが、現代社会の若者の実像を熱演する。
「納屋を焼く」と言う短編をもとに『バーニング』と言うタイトルとして韓国で映画化された作品。 原作とは異なり韓国を舞台にしており、ストーリーも原作と大幅に異なっている。
ハレナイ・ベイ
シングルマザーのサチ(吉田羊)は、息子のタカシ(佐野玲於)がハワイのカウアイ島にあるハナレイ・ベイで亡くなったことを電話で知らされる。大好きだったサーフィン中に大きなサメに襲われ死んだという。彼女は、彼が命を落としたハナレイ・ベイへ向かい、海辺近くの大きな木の下で読書をして過ごした。毎年、この「行為」は続いた。同じ場所にチェアを置き、10年間。だが、彼女は決して海には近づかない。ある日、サチは2人の若い日本人サーファーと出会う。無邪気にサーフィンを楽しむ2人の若者に、19歳で亡くなった息子の姿を重ねていくサチ。そんな時、2人から“ある話”を耳にする。「赤いサーフボードを持った、片脚の日本人サーファーを何度も見た」と…。サチは決意する。もう一度、息子に会うために─。
『東京奇譚集』と言う短編集に収録されている「ハナレイ・ベイ」の映画化。ハナレイ・ベイで息子を失ったシングルマザーの喪失と再生を描いた作品だ。息子が死んだハナレイ・ベイを眺め気持ちの整理をつけていた彼女だが、息子の幽霊を見たという話を聞きつけ、海辺を彷徨する。彼女は喪失にどのようにして向き合うのか。
村上春樹の小説の中でも、リアリズム寄りで喪失と再生を描いたものは映像化しやすし、他の映画にはない魅力を持った作品になるのかなとも思った作品だ。
ドライブ・マイ・カー
『女のいない男たち』に収録されている「ドライブ・マイ・カー」をメインに、「シェエラザード」と「木野」の内容も取り入れて映画化されたのが『ドライブ・マイ・カー』だ。
監督は『寝ても覚めても』の濱口竜介監督。『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ映画祭など数多くの映画祭で高い評価を受けており、アカデミー賞の脚色賞や国際長編映画賞にノミネートされている。作品賞と脚色賞でのノミネートは日本映画では初のようだ。
妻を失った家福は目の不調から演劇祭の間専属のドライバーを雇うことになる。そのドライバーは女性で、妻が座っていた助手席に座ることによって家福は妻の喪失に向き合う。この作品も喪失や心の傷からどうやって立ち直るかを描いた映画だ。
原作の「ドライブ・マイ・カー」にチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を組み込んだ構成が素晴らしく、重層的なストーリーに仕上がっていた。これはアカデミー賞を取ってもおかしくなと思えるくらい素晴らしい作品だ。
村上春樹作品を映画化した中でもかなりの成功作と言えるのではないかと思う。
ここまで紹介した映画の内、『風の歌を聴け』、『トニー滝谷』、『ノルウェイの森』、『バーニング』、『ハナレイ・ベイ』、『ドライブ・マイ・カー』は、U-NEXTで配信されている。観たくなった人はぜひ、U-NEXTに登録してみて欲しい。今なら、31日間の無料トライアルを試すことができる。
番外編 『ドリーミング村上春樹』
番外編で 『ドリーミング村上春樹』を紹介したい。『ドリーミング村上春樹』は、村上春樹の小説を映画化したものではなく、村上春樹のデンマーク語翻訳を担当してきたメッテ・ホルムがどのようにして『風の歌を聞け』を翻訳するのかを描いたドキュメンタリーだ。
しかも、普通のドキュメンタリーではない。現実と空想の境界線を跨ぐように、ムラカミワールドが交錯する。例えば、『かえるくん、東京を救う』のかえるくんが全編に渡って登場し、『かえるくん、東京を救う』の文章がモノローグのように挿入される。他には『1Q84』の二つの月や、『アフターダーク』の真夜中のデニーズや、ピンボールなどムラカミワールドを彩ってきたアイテムがところどころ登場してくる。村上春樹が海外でどのように読まれているかがよくわかる映画だ。
番外編 『村上春樹 映画の旅』
村上春樹と映画の関係や、村上春樹原作の映画について考察した「村上春樹 映画の旅」という展覧会が開催されていた。その展覧会の図録だが、貴重な資料も掲載されているので村上春樹ファンにおすすめだ。
以上、村上春樹原作の映画の紹介でした。やっぱり、リアリズム系の村上春樹作品は映画化しやすいのかなと感じた。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とかは映像化が厳しいのではないかなと思う。またこれからも村上春樹作品がどんどん映画化されるのだろう。
個人的には「プールサイド」や「眠り」の映画化を見てみたいなと思う。
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