日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

夫婦間のディスコミニュケーション / 「TVピープル」 村上 春樹

TVピープル」は、タイトル通りTVピープルという不思議な小人が登場する村上春樹の短編小説だ。世にも奇妙な物語にありそうなストーリーだなと思う。短編集『TVピープル』の表題作でもあるので、村上春樹の短編の中でも有名ではなかろうか。

『ノルウェイの森』・『ダンス・ダンス・ダンス』執筆後のスランプ後に書かれた短編小説が「TVピープル」であった。村上春樹自身も、それが復帰の瞬間だったと語っている。

 

どこかマジックリアリズムぽさがある「TVピープル」だが、人間関係の希薄さや疎外感がテーマになっているように思う。村上春樹作品の主人公は周囲から距離を置く傾向があるが、「TVピープル」ではかなりその傾向が強い。

 

この記事では、疎外感や人間関係の希薄さという観点から考察・解説していく。

また、人間関係の希薄さについては「デタッチメント」というキーワードと絡めて解釈してみたい。またTVピープルという存在は何を暗示しているのかについても考察したい。

GoogleでTVピープルと調べると、候補に「TVピープル 意味不明」というのが上がってくる。確かにこの短編は村上春樹作品の中でも意味不明で難解な小説なのかもしれない。

それでは「TVピープル」について考察・解説していこうと思う。意味不明と思った人にとっても理解の助けになれば幸いだ。

 

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さよなら、ジャン=リュック・ゴダール

昨日の夕方、衝撃的なニュースが入ってきた。

 

www.nikkei.com

 

あのゴダールが死んだ。それはもう衝撃だった。

医師処方の薬物を自ら使用する「自殺ほう助」により亡くなったそうだ。スイスでは安楽死が認められている。お疲れ様と伝えたい。

 

ゴダールの映画は僕の大学生時代を彩ってくれた。『小さな兵隊』に『勝手にしゃがれ』、『アルファヴィル』、『気狂いピエロ』と浴びるようにゴダール作品を観た。いまいち理解できない作品も多かったけれど、その当時の僕にとってゴダールの映画を見ることは文化的背伸びだった。ゴダール映画を見ることは大学時代の僕にとって憧れでもあったのだ。

 

ジャン=リュック・ゴダールは、新しい表現技法を追求したフランス映画の潮流・ヌーヴェルヴァーグの巨匠だ。ジャンプカットや手持ちカメラ、書物から引用、原色を多用した色彩感覚はとても斬新だった。

ヌーヴェルヴァーグの中心人物だったフランソワ・トリュフォーやジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダたちはもうすでにこの世を去っている。ヌーヴェルヴァーグの最後の巨匠のゴダールもついにその時がきてしまったのだ。

 

ゴダールは、「小さな兵隊」や「勝手にしやがれ」、「女は女である」、「アルファヴィル」、「女と男のいる舗道」、「中国女」、「軽蔑」など話題作を次々に発表した。初めてゴダールを見た時は表現方法の斬新さに心を奪われた。

 

 

勝手にしやがれ [DVD]

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  • ジャン=ポール・ベルモンド
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「勝手にしやがれ」を見てからは、TSUTAYAに足繁く通ってゴダール映画を観たものだ。近くのTSUTAYAにはゴダール作品があまり置いてなかったので、梅田や天王寺といった大阪の中心部までわざわざ出向いて借りに行ったほどだ。

 

 

気狂いピエロ

気狂いピエロ

  • アンナ・カリーナ
Amazon

特に「気狂いピエロ」はゴダールのミューズであるアンナ・カリーナの魅力もあって、特に名作だと言われている。僕も「気狂いピエロ」がとても好きだ。

 

 

アルファヴィル

アルファヴィル

  • エディ・コンスタンティーヌ
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パリの街を未来都市に見立てた「アルファヴィル」も好きなゴダール作品だ。作中の静謐な雰囲気と詩的なセリフがとても好きだ。

 

一時期ゴダールは、商業映画と決別するのだが、後に商業映画に復帰した。

 

イメージの本(字幕版)

イメージの本(字幕版)

  • ジャン=リュック・ゴダール
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近年では様々な書物や音楽・映画をコラージュした「イメージの本」が公開され話題になっていた。もう一作ぐらい観れると思っていたんだけどな。

 

心からご冥福をお祈りいたします。

人生にゴールはあるのか? / 「ゴール」 三崎 亜記

三崎亜記の「ゴール」は人生の意味や到達点について考えさせられるショートショートだ。

日常に非日常が溶け込んだような作品で世にも奇妙な物語のテイストのような小説だ。ちょっと不思議で、三崎亜記らしい作品だと思う。

この「ゴール」だが、高校の国語の教科書にも収録されている。教科書で言うと安部公房のようなシュールリアリズム枠での採用だろうか。

これまでは単行本などに未収録だったのだが、この度『名もなき本棚』と言う短編集に収録された。

この不思議な短編について考察・解説を書きたいと思う。

 

 

「ゴール」を目指す

主人公は「ゴール」に出会う。そこには横断幕に「ゴール」と書かれている。もちろんゴールはゴールした人のための場所で、アルバイトの女の子が誰かがゴールするのを待っていた。

ただ、ずっと同じ場所で待っているわけではなくて、「ゴール」は移動するのだ。

「ゴール」が移動してしまった後に、「ゴール」を探して人がやってくる。彼はゴールが別の場所に移動してしまったことを知ると、次のゴールに向けて旅立つのであった。

これだけ書くと掴みどころのない不可思議な話だ。だが、私たちはこの登場人物と同じようにゴールを目指す終わりのない旅を続けているのではないだろうか。

人生はゴールに辿り着いたと思ったら、ゴールが消えてしまい、次のゴールを目指すという旅に近い。中学校の頃、私たちには「高校受験」と言うゴールが与えられる。無事に高校受験合格と言うゴールに辿り着いても、そこは本当のゴールではない。次は「大学受験」というゴールが与えられる。大学受験の次は就活で、その次は出世や結婚というゴールが私たちを待っている。いい大学に入ったら次はいい会社。いい会社に入ったら、次は出世するか。小説の主人公のように、決してゴールに辿りつかない旅だ。人生とはそういうものかもしれない。「ゴール」とは、人生に便宜的に与えられる目標の象徴ではないだろうか。しかもその目標は本当は「ゴール」ではなく、終わりがない。人間の存在の不条理を描いた作品だと思っている。

 

 

「ゴール」を待つということ

辿り着けない「ゴール」を目指して旅を続けることはとても不条理なことだ。「ゴール」が存在しなければ、自分たちの旅は無駄になってしまう。しかし、本当に「ゴール」に辿り着けるかわからない。この存在の不条理は、「ゴドーを待ちながら」や「タタール人の砂漠」という小説に通じるものがあると思っている。

「ゴドーを待ちながら」や「タタール人の砂漠」がどんな話かというと、やってこないものを来ると信じて待ち続けるという話だ。この存在の不条理というか不確かさがこの小説のテーマだと思っている。

 

 

実存は本質に先立つ

人生にゴールはあるのかという問いに関係するのが実存主義だ。三崎亜記の小説は不条理などの実存主義と相性がいいのではないかと思っている。

実存主義というのは、人間は生まれながらにして本質はなく、本質がないにも関わらず存在しないといけないということだ。

人間は実存的な存在だ。だから、人生のゴールは決まっておらず、生きていく中でどうにかしていくしかない。

「ゴール」は人間の実存的状況を描いた作品だと思っている。

 

 栞の一行

「スタートした以上、ゴールを目指すしかないではないですか」

 

 

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plutocharon.hatenablog.com

個人的に面白かった新書を10冊紹介してみる

今回は個人的に面白かった新書を10冊ほどピックアップして紹介したいと思う。

新書は幅広いジャンルの知識を養うのにとても役立つ。専門家と言うよりかは一般向けに書かれているものが多いので、初心者にも優しい。幅広く読んでみて自分の興味があるのもが見つかれば、新書の参考文献を辿っていけば知識が広がるだろう。

この記事では、ビジネスから外国語、人文、アート、文学など幅広いジャンルから知的好奇心をくすぐる本を紹介したいと思う。

 

 

 

『ユーチューバーが消滅する未来 2028年の世界を見抜く』 / 岡田 斗司夫

最初に紹介する本は、オタキングこと岡田斗司夫の『ユーチューバーが消滅する未来 2028年の世界を見抜く』といい新書だ。岡田斗司夫は大のSF好きなのもあってか、未来を見通す洞察力がズバ抜けているのだ。

この本が出版されたのは2018年。2018年から10年後の未来を予想したのがこの本だ。今は2022年なので、この本の答え合わせが少しできるわけだが、驚くべきことに予想が的中しているのだ。

例を挙げてみよう。アイドルや芸能人がYouTubeにどんどん進出すると言うのが予見されている。確かに2018年ぐらいでは芸能人がYouTubeに参戦していくような雰囲気ではなかった。だが、今となっては芸能人も積極的にYouTubeチャンネルを持つようになっている。

これぐらいなら誰でも予想できるのではと思うかもしれないが、これはまだ序の口だ。この本では、「ニュースが真実がどうか判断する」ことが重要ではないと言うことも語られている。この言葉は、科学的に考えるとおかしい反ワクチン派が一部の人には受け入れられていたことを予見していたようでもある。そのほかにもSNS映えのような「盛り文化」が主流になることも予見している。

ぜひこの先の未来を予見したい方は読んでみてほしい。また、ユーチューバーが消滅する未来とは何を意味するのか気になる人も読んでみてほしい。

 

 

『外国語学習の科学ー第二言語習得論とは何か』 / 白井 恭弘

大学まで英語を真面目に勉強してきたが未だに英語を喋ることができないのは非効率な教育方法が悪い」と思っている人はぜひこの本を読んでみてほしい。僕が外国語を習得するのに効率的な方法がないか探していたところであったのがこの本だ。

言語学の研究分野の1つに第二言語習得論というものがある。人が第二言語を習得するメカニズムを研究している分野だ。そんな研究があるのなら英語学習に反映すれば効率良く英語を学べるじゃんと思って読んだ本だ。効率的な学習法に弱い私である。

結論から言うと、この本が提示する第二言語学習メカニズムはとても役立つ。ていうか、研究結果が出ているのに中学・高校の教育は研究内容を反映していないのだろうと思った。それほど、今まで効率的と思っていた学習法と違っていたのだ。

この本で紹介されているのはインプット仮説やアウトプット仮説と言う学説だ。詳しい内容を知りたい人はぜひ読んでみて。効率的な学習方法が見つかるはずだ。

 

 

『現代ロシアの軍事戦略』 / 小泉 悠

丸の内OLとしてTwitterで一時期有名だった小泉悠が現代のロシアの軍事戦略を解説した本だ。丸の内OL?となった人はググってみてください。

ロシアのウクライナ侵攻が始まる前に書かれていた本で、「ハイブリット戦争」と言われる正規戦、非正規戦、サイバー戦、情報戦を組み合わせたロシアの戦略が詳細に説明されている。ロシアがどのようにしてこの戦略に辿り着いたのか、クリミア侵攻時にこの戦略がなぜうまくいったのかについて説明されている。

ロシア視点から見てNATO側の国がどのような脅威に見えていたが詳細に書かれている点も興味深い。西側サイドなので、ロシアの視点からどう見えているのかわからないことが多い。NATOの東欧拡大やウクライナで相次いで起こった革命はロシアにとってみれば大きな脅威に見えていたと言うのは目から鱗だった。

 

 

『ビジネス戦略から読む美術史』 / 西岡 文彦

『ビジネス戦略から読む美術史』は、印象派といった美術作品をビジネスという観点から分析してみると言う異色の本だ。当時は人気がなかった印象派の作品をどのようにマーケティングしたのかなど、マーケティングの観点から読み解いている。アート付きだけではなく、ビジネスマンにも新たな気づきを与えてくれそうな一冊だ。

 

 

『戦略がすべて』 / 瀧本 哲史

戦略ついでに『戦略がすべて』を紹介したい。タイトルにあるように、世の中の事象を戦略という観点から分析した本だ。例えば、AKB48の多人数アイドルのシステムをビジネスの観点から分析してみせる。これを読めば戦略の感度が上がること間違いなし。

 

 

『損する結婚 儲かる結婚』 / 藤沢 数希

恋愛工学で有名な藤沢数希が結婚を金融商品の視点で分析した本だ。藤沢数希は、恋愛に金融工学や心理学の知見を応用した「恋愛工学」の提唱者で知られる。この恋愛工学というのが、女性蔑視的だとしてよく批判を受けているのだが、その話はここでは置いておこう。

1つ質問だが、離婚する際の費用としてあなたが思い浮かべるものはなんだろうか?この質問の答えとして慰謝料としか思い付かなかった人はこの本を今すぐ読んだほうがいい。

離婚が成立するまで所得が高い方が低い方の配偶者に婚姻費用というものを払わないといけないのだ。この金額がなかなか恐ろしい。また、離婚した時の財産分与について知りたいという方にもこの本はおすすめだ。

 

 

『フランス現代思想史 構造主義からデリダ以後へ』 / 岡本 裕一朗

レヴィ=ストロースやロラン・バルト、ラカンといった構造主義思想の入門書だ。その射程は、構造主義だけではなくポスト構造主義まで及ぶ。レヴィ=ストロースやデリダまで幅広く現代思想を学びたい人におすすめだ。

 

 

『小説の読み書き』 / 佐藤 正午

『小説の読み書き』は、『月の満ち欠け』で直木賞を受賞した佐藤正午が、日本近代文学を作家視点で読み解いた本だ。知る人ぞ知る小説巧者の佐藤正午が、小説家の書き方を考察するという斬新な内容である。こんな細かいところにこだわるのかと思うところや、さすが小説家だと唸らされる部分などあり、小説の理解を深める上でオススメの一冊だ。

 

 

『日本の同時代小説』 / 斎藤 美奈子

戦後以降の日本文学を現代まで時代ごとに追っていく本だ。戦後からの文学史の概観を知りたいという人におすすめだ。

 

 

『大学受験のための小説講義』 

この本は小説を読むのが好きな人だけではなくて、小説を読解するのが得意でない人にもオススメの本だ。小説を読むということがどういうことか理解することができる名著だ。著者はテクスト論で新たな視点からの文学作品の読み方に定評がある石原千秋さん。文芸時評でも有名だ。テクスト論というのは、作品から著者を切り離して解釈するという方法論のことだ。

タイトルに「大学受験」とあるように、大学入試の国語の問題を題材に小説の読み方をレクチャーする形で書かれている。題材になっている文章はセンター試験に出題された津島佑子「水辺」や山田詠美の「眠れる分度器」や、二次試験から横光利一「春は馬車に乗って」など。筆者に関する情報を考慮せずに小説の本文に着目して読解を行う「テクスト論」を丁寧に教えてくれる。大学入試と書いてあるが、もはや大学の文学部レベルの内容だ。ここまで小説を読解することができたら、大学入試なんて余裕だろう。

また、大学入試の国語に隠されたルールも説明してくれる。確かに大学入試の問題ではこういう読み方をしないといけないよなと納得した。そのルールが何かというのは本書を読んで確かめて欲しい。

 

天災に真っ向から向き合ったロードムービー / 『すずめの戸締まり』 新海 誠


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今年の11月11日に新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』が公開される。

水溜りの上にある扉の印象的なビジュアル観るものを圧倒する華麗な情景描写。予告を観ただけでも期待が高まる。あと音楽を誰が担当するのかも気になるところだ。

11月の公開まで待ちきれなかったので、8月に発売された『すずめの戸締まり』のノベライズを一足先に読んでしまった。ここ最近、新海誠作品が公開される時は映画のノベライズが先に出版されるのが恒例だったのだが、今回も映画公開より先に『すずめの戸締まり』の小説が出版された。

 

新海誠監督は自作品をノベライズを行うことが多く、『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』、『君の名は。』、『天気の子』は新海誠監督自らがノベライズを行なっている。感傷的なモノローグが得意な新海誠監督だけあってか、小説の文章もすごく味がある。

新海誠は村上春樹チルドレンだと言われることが多いのだが、『秒速5センチメートル』の文章からは確かに村上春樹ぽさが感じられた。

 

話を『すずめの戸締まり』に戻そう。ネタバレしない程度に簡単に書くと、『すずめの戸締まり』は天災に真っ向から向き合ったロードムービーだ。これまで新海誠監督は『君の名は。』や『天気の子』で人間に襲いかかる天災を描いていたと思うが、『すずめの戸締まり』ではある天災について真っ向から描いている。映画をまだ観ていないのにロードムービーと書くのもおかしな話だが。

『すずめの戸締まり』のテイストとしては、新海誠作品の『星を追う子ども』に近いかなと思う。ファンタジーにかなり寄せた雰囲気だ。監督によると、『すずめの戸締まり』は、物語もキャラクターも全く違うものの、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』の影響を強く受けているらしい。

 

ここから下ではネタバレ全開で『すずめの戸締まり』の考察を行っていく。内容にがっつり触れるので、未読のかたは注意してほしい。最後の方では関係がありそうな日本神話と村上春樹作品と比較して考察を書いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

震災に真っ向から向き合ったすずめのロードムービー


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『すずめの戸締まり』を端的に説明するなら、震災に真っ向から向き合ったすずめのロードムービーといったところだろうか。

 

これまで新海誠は『君の名は。』や『天気の子』で天災を描いてきた。『君の名は。』では一定周期で地球に接近する隕石を、『天気の子』では異常気象を描いた。特に『君の名は。』での一定周期で地球に接近する隕石というのは、周期的に発生する地震の象徴ではないかと、『君の名は。』を初めて観た時に思った。

『すずめの戸締まり』では、すずめは「後ろ戸(うしろど)」を閉じることで地震を防ぐ。また、東日本大震災も直接的に描かれており、すずめは幼い頃に東日本大震災によって母を失っている。地震がテーマになった作品なのだ。すずめが日本各地の扉を閉じていく中で成長していく話でもある。ここから先は作品の内容に沿って考察していく。

 

 

主人公は九州地方の町で暮らす17歳の女子高校生、岩戸鈴芽(いわと すずめ)。彼女は母を失っており叔母と一緒に暮らしていた。ある日、通学途中に「扉」を探す青年、宗像草太(むなかた そうた)とすれ違う。彼女は草太の後を追い、元々リゾート施設だった廃墟に迷いこみ、青年が探していた古い扉を見つける。すずめは何かに引っ張られるように扉に手を伸ばし、引き込まれていく。その際にすずめは石を引っこ抜いてしまう。

その扉は「後ろ戸」と呼ばれるものだった。「後ろ戸」は、人がいなくなってしまった場所に開き、その中からは善くないものが出てくる。そして宗像草太は「後ろ戸」を閉じる役目をになった「閉じ師」であった。「閉じ師」は「後ろ戸」の鍵を閉め、 その土地を本来の持ち主に返すことを生業としている。

すずめが「要石(かなめいし)」という石を引っこ抜いてしまったせいで、「後ろ戸」からミミズが出てきてしまう。このミミズは空に広がりながら地気を吸い上げており、もしミミズが地上に倒れてしまうと地震が起きてしまうのだ。 倒れる前に後ろ戸を閉めれば、 地震を防ぐことができる。すずめは草太と協力してなんとか鍵を閉めることができる。

しかし、その後草太はもともと「要石」であった猫・ダイジンに呪われてしまい三本足の子供用の椅子に変えられてしまう。元の姿に戻るため、すずめは草太と一緒にダイジンを探す旅に出る。

愛媛、神戸、東京とその道中で後ろ戸を閉めながら、ダイジンを追いかける。

草太の話によると、ミミズを抑えるために2つの「要石」がミミズに刺さっていた。その1つが東京にあった。最終的に草太はミミズが引き起こす大地震から東京を救うために「要石」となってしまう。

すずめは「要石」になってしまった草太を救うために、自分が入ることができる「後ろ戸」を探しにいく。すずめは幼い頃に後ろ戸をくぐっていたのだ。最後の方で明かされるのだが、すずめは幼少期に東日本大震災を被災し、母親を失っていた。その時に「後ろ戸」をくぐったのだ。すずめはかつて住んでいた東北の地で「後ろ戸」を見つけ、「常世」に旅立つ。そこで草太を救い、ミミズを封印しなおす。

すずめが過去の記憶に向き合い、成長する話であった。

 

 

 

日本神話と『すずめの戸締まり』

『すずめの戸締まり』では、キャラクターの名前やストーリーに日本神話のモチーフが数多く登場している。新海誠は『君の名は。』から日本の伝承や風習を作品に絡めてきた。『君の名は。』では神社の巫女 が登場し、『天気の子』も晴れを祈祷する巫女というモチーフが登場している。本作でもその傾向はあるんじゃなかろうか。

まず、『すずめの戸締まり』では主人公たちの名前に日本神話との関連が見て取れる。

主人公の岩戸鈴芽の名前は、天岩戸隠れアメノウズメからとっているように思う。

宗像草太の苗字は、宗像三女神からきているのだろうと思う。また、草太が変化してしまった三本脚の椅子は、三本足の八咫烏を彷彿とさせる。猫のダイジンの名前も大神の読みからとってそうだ。

 

また、「後ろ戸」を閉めるという『すずめの戸締まり』のストーリーを読み解く鍵も「天岩戸隠れ」にあるように思う。

天岩戸隠れというのは日本神話のエピソードの1つだ。簡単に説明してみよう。

ある時、アマテラススサノオの非道ぶりに恐れをなして、天の岩屋戸の中に閉じこまってしまう。アマテラスが隠れてしまったせいで、天上界と地上界はともに闇に包まれてしまった。暗黒の世界につけ込むように悪神や悪霊が跋扈し、あらゆる災いが至る所で発生したのである。これを鎮めるためにアメノウズメは奇妙な踊りを披露し、神々の笑いを引き起こした。

それを聞いていたアマテラスは怪しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」といい、天児屋命と布刀玉命がアマテラスに鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思ったアマテラスが、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。こうして世界には光が取り戻されたのである。

こう見てみると色々と共通点が浮かび上がってこないだろうか。「天岩戸隠れ」を簡単に要約するとアメノウズメが扉を開ける話である。それに対して『すずめの戸締まり』は、岩戸すずめ(アメノウズメに似ている)が扉を閉める話だ。個人的にはこの反転がすごく面白いと思っている。「天岩戸隠れ」の扉が閉まったら災いがもたらされるというのは、『すずめの戸締まり』における「後ろ戸」が開いたら災いが発生することに通じるものがあるのではないだろうか。『すずめの戸締まり』では、「天岩戸隠れ」の神話が一部反転して描かれているように思う。

また、要石が配置されている場所だが、こちらも神話が関連しているように思う。まず、ニニギノミコトが初めて降臨した場所は宮崎県の高千穂だと言われている。なので九州が舞台ともあるが、最初の要石が置かれていた場所は宮崎県ではないかと考えている。2個目の要石だが、こちらは皇居に置かれていた。要石が置かれていた場所は神や天皇に通じる場所だったのではないかなと考えている。

 

 

 

新海誠『すずめの戸締まり』と村上春樹「かえるくん、東京を救う」

新海誠作品だが村上春樹作品との関連を指摘されることがよくある。新海誠自身も村上春樹を愛好しており、村上春樹チルドレンと呼ばれているほどである。『すずめの戸締まり』でも村上春樹作品がモチーフになっているのではないかと思っている。その作品というのが、「かえるくん、東京を救う」という短編小説だ。

かえるくん、東京を救う」という短編は『神の子どもたちはみな踊る』という短編集に収録されている。英訳名が「After the quake」となっているように、この短編集は地震がテーマになっている。阪神淡路大震災がきっかけで執筆された作品だ。簡単にあらすじを見てみよう。

主人公の片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。蛙は「かえるくんと呼んでください」と言い、片桐に協力を求める。それは、地下にいるミミズくんが地震を引き起こし、東京に甚大な被害を与えるというものであった。片桐はかえるくんと共に地下に降り、みみずくんと闘い、地震を阻止する。それがかえるくんの依頼だった。それから、片桐は狙撃された。そして目が覚めたとき、片桐は病院のベッドに横たわっていた。その日の夜中、かえるくんが病室に現れ、ミミズくんとの戦いの顛末を伝える。

地震がテーマという点で『すずめの戸締まり』と共通しているのだが、ミミズが地震を引き起こすという設定も共通している。また、人知れず世界の安定を守っている部分や、地震を防ぐために戦うという点でも共通しているだろう。「かえるくん、東京を救う」からいくつかのモチーフが使われているのではないかと思う。

 

 

「戸締まり」は日本の衰退のメタファーか?

新海誠監督は、『すずめの戸締まり』に関してこう語っている。

「あちこちで開け放しにし続けてしまった扉を、どのように閉めることが出来るのか。それをすずめに託し、戸締りをしながら日本列島を旅する物語を作っています。笑顔と昂ぶりを、観終えた後に残せるような映画にしたいのです」

 

『天気の子』でも、水没した東京という日本の衰退をイメージさせるモチーフが使われていた。「どのように閉めることができるのか」、この言葉はかつての勢いを失った今の日本にすごく刺さる。少子高齢化が進行し、人口減少が確実になっている日本。かつてのリゾート地がなくなったりするのはよく聞く話だ。

 

 

公開は11月11日とまだまだ先だ。公開日が待ち遠しい。

 

 

 

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喪失からの再生と人生の肯定 / 「ドライブ・マイ・カー」 村上 春樹

村上春樹の短編集『女のいない男たち』に収録された「ドライブ・マイ・カー」は、主人公が亡くなった妻の秘密や自分が負ってきた心の傷に向き合う小説だ。濱口竜介監督によって映画化もされ、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞するという快挙も成し遂げている。

 

女のいない男たち』は、何かしらの理由で女を失ってしまった男たちを描いた、コンセプトアルバムのような短編集だ。この短編集に収録されている、「イエスタディ」、「独立器官」、「木野」では、様々な形で主人公が「女」を失っている。「ドライブ・マイ・カー」はこの短編集が生まれるきっかけともなった小説だ

 

ドライブ・マイ・カー」という短編小説では、妻が座っていた助手席に座ることによって家福は妻の喪失に向き合うことになる。この作品も喪失や心の傷からどうやって立ち直るかを描いた小説だ。「ドライブ・マイ・カー」と言うタイトルはビートルズの楽曲名からきているのだろう。

 

この名作短編を「助手席」、「緑内障」、「演技」、「ワーニャ伯父さん」といったキーワードに着目して読み解き、考察・解説していこうと思う。

 

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真夏のピークは去ったけれど『サマータイム・マシン・ブルース』が観たい

猛暑日も少なくなって段々と過ごしやすくなってきた。

真夏のピークが去ったのかもしれない。天気予報士がテレビで言っていたかどうかは知らない。

 

涼しくなることに嬉しさを感じる一方で、まだ夏っぽいことしてないなと寂しくなってしまう自分もいる。花火もしていないし、かき氷もまだ食べていない。そうめんはかろうじて食べた。夏の風物詩でビンゴで例えたら、ビンゴはほど遠くリーチにも届いていないと言った感じだろうか。

ある年齢を超えると、夏があっという間に過ぎ去ってしまうような感覚に囚われることが多くなった。大学生の時は夏休みが無限のように感じたのに。あの頃は終わりの見えない夏休みに退屈を感じて、早く大学が始まることを待ち望んでいた気がする。退屈な夏休みだったけれど、あれはあれで幸せな時間だったんだなと今になって思う。

大学時代の夏が恋しくなってしまうのはノスタルジーだろうか。それとも、フジファブリックの『若者のすべて』を聞いたせいだろうか。

 

メンタルが秒速5センチメンタルになってきたので、中身は無かったけれど充実していた大学時代の夏を思い出させる映画を紹介したいと思う。

 

その映画は『サマータイム・マシン・ブルース』という映画だ。

大学生の夏休みに、真夜中に友達と集まって観たことを今でも鮮明に思い出せる。

どんな映画かというと、夏休みをエンジョイする大学生たちがタイムマシーンを全力で無駄遣いするという話だ。クーラーのリモコンを回収するためだけにタイムマシンを使うのだ。それに加えて、タイムスリップするのは昨日と今日だけというスケールの小さなSFコメディだ。これだけだと何を言っているか全く分からないと思うので、もうちょっと詳細に説明しようと思う。

舞台はとある大学の「SF研究会」だ。部室のクーラーのリモコンが壊れてしまい、部員たちは蒸し風呂のようになった部室でぐったりしていた。そこに何故か突然タイムマシンが登場するのである。ツッコんではいけない。部員はこのタイムマシンを使って、リモコンが壊れる前に戻り、リモコンを回収しようとする。もっとマシなタイムマシンの使い道があっただろうに。だが、リモコンを回収して過去を改変してしまったために「現在」が消えてしまう可能性に気づいた大学生たちはどうにかして辻褄を合わせようと奮闘するのだ。

タイムマシンを使ってリモコンを回収するという壮大な無駄遣いが面白い。タイムスリップの動機はしょうもないが、映画に張り巡らされた伏線や脚本の構成は素晴らしい。SF映画として一級品であることは保証する。

 

馬鹿なことに全力で取り組める大学生たちが面白くもあり、羨ましくもある。この映画を見ると青春っていいなって感じてしまう。真夏のピークが過ぎて夏が終わろうとしているけれど『サマータイム・マシン・ブルース』が観たくなってしまった。

 

最近では森見登美彦とコラボして、『四畳半タイムマシンブルース』という本が出版されていた。こちらの本も非常に気になる。大学の青春が詰まった森見作品と『サマータイム・マシン・ブルース』のコラボは外せない。

 

 

 

とりあえず、フジファブリックの『若者のすべて』でも聞いて過ぎ去っていく夏に想いを馳せて、感傷に浸ろうと思う。

 

ちなみに、FODに『サマータイム・マシン・ブルース』があるかどうかは知らない。


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