日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

没入感がすごい!物語世界に浸れるイマーシブな小説8選

最近、イマーシブというキーワードがエンタメを賑わせている。

イマーシブ(immersive)とは、没入感を意味する言葉で日本でも流行りつつある。

現実にいながら物語や芸術の世界に入り込むイマーシブエンタメが大流行中である。

日本だと、印象派やポスト印象派の絵画に入り込む体験ができる「イマーシブミュージアム」やイマーシブシアターなどがある。かわりどころだと、話題になった「友達がやってるカフェ」もある種のイマーシブ体験かもしれない。他にも「Syn : 身体感覚の新たな地平」などがある。また、没入型エンタメ施設として「イマーシブ・フォート東京」がお台場にオープンするという話もある。

エンタメではイマーシブが流行っているが、小説でもイマーシブ体験ができないかと考えてみた。小説の中でも、描写が凄すぎて没入感がすごい小説や異世界に浸れる小説をピックアップしてみたので紹介したい。

 

 

 

砂の女 / 安部 公房

砂穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描き、世界20数カ国語に翻訳紹介された名作。

没入感がすごいイマーシブな小説というと安部公房の『砂の女』が思い浮かぶ。
砂の女』は世界的な作家・安部公房の代表作である。とあるネットの掲示板では、日本文学の最高傑作ではないかと挙げられていた小説だ。その人気は日本に留まらず、20数ヶ国語に翻訳され世界中で読まれている。

ある集落に迷い込んだ男が、砂穴の底にある一軒家に理不尽にも閉じ込められてしまう。その砂の中の家には砂が落ちてきて、毎日毎日砂を書き出さないと砂に埋もれてしまうのだ。あらゆる脱出方法で脱出を試みる男と、男を穴に閉じ込めておこうとする女を描き、極限状況における人間の姿を描いた。

また、安部公房の文章力が素晴らしく、読んでいると自分がまるで砂の中にいるかのように思えてくるのである。安部公房の圧倒的な描写力が相まって、読者自身も砂の中に閉じ込められているかのような没入感が味わえる。砂の描写がうますぎて、体に砂が纏わりつくような感覚に襲われる。私も読んでいる時、体が砂でザラザラしているかのような錯覚に陥ったものだ。 

 

 

小隊 / 砂川 文次

 元自衛官の新鋭作家が、日本人のいまだ知らない「戦場」のリアルを描き切った衝撃作。 北海道にロシア軍が上陸、日本は第二次大戦後初の「地上戦」を経験することになった。自衛隊の3尉・安達は、自らの小隊を率い、静かに忍び寄ってくるロシア軍と対峙する。そして、ついに戦端が開かれた――。

砂川文次の「小隊」は自らも戦場にいるかのような体験ができる戦争小説だ。「小隊」では、北海道にロシア軍が上陸し、日本の自衛隊と衝突するという架空の戦争が描かれている。まるでロシアのウクライナ侵攻を予見していたような小説だ。

まず著者が自衛隊出身ということもあってか、小説のリアリティに圧倒される。専門用語が頻繁し、読んでいる自分も自衛隊として戦場にいるかのような錯覚を抱く。映画で例えたらクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』のようだ。

軍事的なことは僕自身よく分からないのだけれど、「小隊」で描かれているロシアの攻め方はかなりリアリティがあるらしい。戦争が始まるぞ!みたいな開戦ではなく、静かに開戦していく様は妙にリアルである。ロシアのウクライナ侵攻が起こった今、この小説がものすごく現実味を帯びてくる。実際の戦争もこんな感じで始まるのか。

 

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド / 村上 春樹

高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。

村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、大人向けの上質なファンタジー小説だ。ちょっと長いので全く本を読まない人にはハードルが高いかもしれないけれど、とにかく面白いので読んでみてほしい。

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は村上春樹の代表作の1つとして言われている。『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』というタイトルからしてワクワクしないだろうか?

この本を一言で表現すると、大人のための静謐なファンタジーだ。内容としては、「世界の終り」と「ハードボイルドワンダーランド」の二つの世界が交互に展開していき、最後には二つの世界がつながっていくという風になっている。「計算士」や「組織(システム)」、「記号士」、「工場(ファクトリー)」など謎めいた組織が暗躍していて、謎めいた組織は何なのが気になってページをめくる手が止まらなくなる。この作品は、読者を日常から離れた不可思議な世界に連れていってくれる。

 

 

旅のラゴス / 筒井 康隆

北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か? 異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。

筒井康隆の『旅のラゴス』は、高度な文明が失われ人々が超能力を得た世界で旅を続ける男の話だ。主人公のラゴスは不思議な体験を繰り返し、旅を続ける。文明が滅んだらこんな感じになるのかなという想像が膨らむ。また、読んでいると、人生は旅そのものなのかもしれないという気分になってくる。

この本を読んでいると、自分も異世界を旅しているような気分になれる。

 

 

 ブランケット・ブルームの星型乗車券 / 吉田 篤弘

ようこそ、毛布をかぶった寒がりの街「ブランケット・シティ」へ。待ち合わせは、ロビーしかない老舗ホテル「バビロン」で。日中は、「閑をもてあました消防隊」によるコンサートや影の絵画を展示する「冬の美術館」にお出掛け。夜は、本好きのための酒屋「グラスと本」で読書をしながらちょっと一杯。読むだけで旅した気分になる、架空の街の物語。

読むだけで架空の街を旅した気分になれるのが、吉田篤弘の『ブランケット・ブルームの星型乗車券』だ。

影を展示する冬の美術館など、ロマンチックなモチーフが登場する。挿絵もおしゃれで可愛い。この本こそが、不思議な世界への乗車券だ。異世界に浸る読書体験をぜひ。

 

 

ダブ(エ)ストン街道 / 浅暮 三文

あの、すみません。道をお尋ねしたいんですがダブ(エ)ストンって、どっちですか?実は恋人が迷い込んじゃって……。世界中の図書館で調べても、よく分からないんです。どうも謎の土地らしくて。彼女、ひどい夢遊病だから、早くなんとかしないと。え?この本に書いてある?!あ、申し遅れました、私、ケンといいます。後の詳しい事情は本を読んどいてください。それじゃ、サンキュ、グラッチェ、謝々。「今、行くよ、タニヤ!」

浅暮三文の『ダブ(エ)ストン街道』は、この記事で紹介した本の中で一番不可思議な小説かもしれない。

あらすじとしては、主人公がダブ(エ)ストンという奇妙な場所にたどり着いて、行方不明の彼女を探すという話だ。このダブ(エ)ストンが摩訶不思議なのだ。

この本の不可思議さを説明するのは難しい。ぜひ、この本を読んで、ダブ(エ)ストンに迷い込んでほしい。

 

 

大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇 / 前田 司郎

長い同棲を経て結婚した大木信義と咲は、占い師にのせられ久しぶりの旅に出る。小さな池を抜け、向かった先は一泊二日の地獄旅行。猫畑、巨大旅館、ビーフシチュー温泉、そして赤と青の地獄人。不思議な出来事ばかりの奇妙な旅路は、馴れ合いになった二人の意識を少しずつ変える―。異世界だから気づく大切なこと。笑えてなぜかせつない物語。

前田司郎の『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』は文字通り、新婚旅行で地獄に行くという話だ。

新婚旅行で地獄には行かないだろうという真っ当な疑問はさておいて、地獄に旅行する小説ってなかなかないんじゃないかなと思う。果たして地獄に行くのは楽しいのだろうか?

しかも地獄への出発地点は、五反田のビルの屋上。なかなかシュールだ。地獄に行ってみたい人は是非読んでほしい。

 

 

30センチの冒険 / 三崎 亜記

突然、男は「大地の秩序」が狂った世界に迷い込み……。奇妙な現象に苦しむ人々を救うため、30センチのものさしを手に立ち上がる!

三崎亜記は日常から少しずれた非日常を描くのが上手い作家だ。『30センチの冒険』では、主人公が遠近の概念が狂った世界に迷い込む。この世界では、目の前に見えるものが近くにあるとは限らず、屋外に出れば迷子になってしまう。三崎亜記ワールドが全開の一冊だ。