日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

なぜ村上春樹はノーベル賞受賞に近い作家と言われるようになったのか?

10月になってノーベル賞が発表される季節になった。

こうなると話題になるのが、「村上春樹ノーベル文学賞受賞なるか」だ。テレビでハルキストの集まりが中継され、受賞者発表後に落胆するという光景が秋の風物詩となっている。

毎年ブックメーカー(賭け屋)で、受賞者予想の上位に村上春樹が食い込んでおり、ノーベル文学賞候補と騒がれるようになったのだ。ちなみにブックメーカーのオッズが高いからといってノーベル文学賞候補であるわけではない。

村上春樹は現代日本を代表する作家だ。『羊をめぐる冒険』『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などの代表作で知られている。

毎回思うのだけれど、村上春樹がノーベル文学賞をとっても取らなくても別にいいんじゃないかと個人的には思っている。村上春樹は日本の作家の中で最も世界で読まれている作家といっても過言ではないし、現に50以上の言語で翻訳されて読まれている。間違いなく日本を代表する作家だ。別にノーベル文学賞を受賞できなかったからといって、作品の素晴らしさが変わるわけではない。

 

話が脱線してしまったが、この記事ではなぜ村上春樹がノーベル賞受賞に近い作家と言われるようになったのか理由を考察してみたい。

 

 

ノーベル文学賞の概要

まず初めにノーベル文学賞の概要を説明しておこう。

ノーベル文学賞は、ノーベル賞6部門のうちの一つで、文学の分野において傑出した作品を創作した人物に授与される賞だ。

芥川賞や直木賞のように授賞対象作品というものはない。また、受賞においては対象国や対象言語の制限はない。

ノーベル文学賞の選考は、「スウェーデン・アカデミー」という団体が行っている。

選考では初めに、スウェーデン・アカデミーが世界中の文学関係者に対して、受賞者の推薦の声を集める。

推薦リストををもとに、アカデミー内の選考委員が候補者を絞り込んでいくのだ。絞り込みの過程で、選考メンバーは候補の作品を読み込んでいかなければならない。最終的には10月までに1人に絞り込むのだ。

 

 

なぜ村上春樹はノーベル文学賞最有力と言われる様になったのか?

そもそもなのだが、ノーベル文学賞の候補者は一般に公開されていない。

安部公房のように死後候補だったと公表されることはあるが、作家が在命である内はノーベル文学賞候補であったとしてもノミネートされていることは発表されない。

では、なぜ村上春樹春樹はノーベル文学賞最有力候補と言われる様になったのだろうか?

原因は3つほどあるのではないかと考えている。

 

①村上春樹の作品は様々な言語に翻訳され世界中の人々に読まれている。

②村上春樹は世界的な文学賞を数多く受賞している。

③ブックメーカー(賭け屋)でのノーベル文学賞予想で毎回人気が高い

 

それぞれの理由について見ていこう。

 

 

①村上春樹の作品は様々な言語に翻訳され世界中の人々に読まれている。

村上春樹は日本の現代作家の中で世界で最も翻訳されている作家だ。アメリカやロシア、中国、韓国、イスラエル、イギリス、フランス、イタリア、デンマーク、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、フィンランドなど、その数は50以上の言語に及んでいる。村上春樹は日本の作家の中でも飛び抜けて世界中で読まれているのだ。

中国語圏を例に取ってみると、1980年代末以後村上春樹ブームが巻き起こっている。「非常村上」という流行語も生まれたようだ。

村上春樹の作品では、都市部に住む人間の孤独や喪失感などが描かれている。村上春樹作品には現代の人々に通じる普遍性があるために、世界中で広く読まれているのかもしれない。このように世界中で読まれているからノーベル文学賞の有力候補としてあげられるのだろう。

世界における村上春樹の受容については『世界は村上春樹をどう読むのか』という本に詳しく書かれている。詳しく知りたい方はぜひ読んでみて欲しい。

また、村上春樹は優れた翻訳家に恵まれたというのも理由の1つにあるのかもしれない。翻訳に関しては、デンマーク語の翻訳家メッテホルムに密着した『ドリーミング村上春樹』というドキュメンタリー映画がある。翻訳の現場に迫った名作なので、村上主義者の方は観てみるのはどうだろうか。

 

 

②村上春樹は世界的な文学賞を数多く受賞している。 

村上春樹は世界中に読者がいることもあり、国際的な文学賞を数多く受賞している。国際的な文学賞、特にフランツ・カフカ賞を受賞していることもあって、日本の作家の中でノーベル文学賞候補に見なされるようになったのだ。

村上春樹は、2006年にアイルランドの「フランク・オコナー国際短編賞」とチェコの「フランツ・カフカ賞」を受賞している。特にフランツ・カフカ文学賞を受賞した作家はノーベル文学賞も受賞していることが多い。

フランツ・カフカ賞は、「変身」や「城」などで知られる小説家フランツ・カフカの名を冠した賞だ。「現代の世界文学における最も偉大な作家の一人であるカフカの作品のように、自らの出自や国民性、属する文化といったものにとらわれない読み手たちに向けて書こうとする現代作家の、芸術的に特に優れた文学作品を評価すること」を指針として受賞者の選定が行われている。

2004年のカフカ賞受賞者エルフリーデ・イェリネクと2005年のカフカ賞受賞者ハロルド・ピンターは、両名ともいずれも同年にノーベル文学賞を受賞したのである。

これもあり、フランツ・カフカ賞を受賞したあたりから村上春樹に「ノーベル賞受賞するか」と注目が集まったのである。ちなみにアジア圏でフランツ・カフカ賞を受賞したのは村上春樹が初めてだ。

村上春樹はその後もイスラエルの「エルサレム賞」やデンマークの「アンデルセン文学賞」、「カタルーニャ国際賞」、イタリアの「ラッテス・グリンツァーネ文学賞」など、海外の賞を複数受賞している。

特に、受賞することに政治的な批判があった「エルサレム賞」での受賞スピーチのエピソードは有名だ。村上春樹は「壁と卵」という素晴らしいスピーチをエルサレム賞受賞式で披露している。このスピーチは『村上春樹 雑文集』に収録されている。

最近では2022年にチノ・デルドゥカ世界文学賞を受賞している。この文学賞の受賞者には、マリオ・バルガス・リョサや、パトリック・モディアノなどがいる。ちなみに、この2人は後にノーベル文学賞も受賞している。また、村上春樹と同様にノーベル賞文学賞を受賞するんじゃないかとよく言われるマリーズ・コンデミラン・クンデラチノ・デルドゥカ世界文学賞を受賞してる。

こうみてみると、村上春樹が受賞していない国際的な文学賞はノーベル賞ぐらいではないかと思えてくる。数多くの国際的な文学賞を受賞しているのもノーベル賞最有力と言われる理由の1つだ。

 

 

③ブックメーカー(賭け屋)のノーベル文学賞予想で毎回人気が高い

国際的な文学賞を数々受賞していることもあり、村上春樹はブックメーカー(賭け屋)のノーベル文学賞受賞予想の賭けで、上位ランクインの常連となっている。

ブックメーカーでの順位が日本のマスコミによって過熱報道されて、「ノーベル文学賞最有力候補」と呼ばれる様になったのも1つの理由ではないかと思っている。

だが、ブックメーカーの順位が上位だからといってノーベル文学賞の候補というわけではない。ブックメーカーはただの賭けのオッズなのだから。言うまでもないが、選考にあたっているスウェーデン・アカデミーはオッズには全く関与していない。

ここでのブックメーカーとは賭け屋のことであり、ノーベル文学賞のオッズの話でよく名前が上がるのはラドブロークス (Ladbrokes)あたりだろう。

 

www.nicerodds.co.uk

簡単にオッズを確認できるサイトとしてはNicer Odds(ナイサーオッズ)がある。このサイトでは、各ブックメーカーのオッズを比較することができる。上にノーベル文学賞のオッズについてのサイトのリンクを貼っておいたので確認してみて欲しい。

 

 

 

これらの理由で村上春樹はノーベル文学賞最有力候補だと言われれているのだろう。僕個人の予想では、直近での村上春樹の受賞は厳しいのではないかと思っている。

ボブ・ディランやカズオ・イシグロなど割と大衆的な作品が選ばれていた時期があった。この頃は村上春樹が受賞する確率が非常に高いのではないかと思っていた。

がしかし、選考委員が変わったからか、最近では受賞者の傾向が大きく変わってきている。その、世界文学の中でも大衆的な部類に入る村上春樹の受賞は少し厳しいのではないかなと思っている。

 

 

文学賞について村上春樹自身はどう思っているのか?

秋の風物詩と化したノーベル文学賞騒ぎを村上春樹はどう感じているのだろうか。多分うんざりしているんのじゃないかなと個人的には思っている。村上春樹がどう感じているのか知るために役立つ本を二冊紹介したい。その本とは、『村上さんのところ』と『職業としての小説家』だ

村上さんのところ』では、毎年「騒がれることについていかがお考えなのでしょうか」という質問に対して、村上春樹は「わりに迷惑」と書いている。また、「候補になっていること」が迷惑なのではなくメディアに騒がれることや「候補になっているというのは、あくまで憶測に過ぎません」「迷惑しているというよりは、当惑しているという方が近いかも」と書いている。やれやれ。

 

また、ノーベル文学賞とは関係がないかもしれないが『職業としての小説家』のというエッセイで村上春樹は芥川賞を例に作家と文学賞の関係性を語っている(第三回 文学賞について)。村上春樹の言葉を直接引用してみよう。

 

あらためて言うまでもありませんが、後世に残るのは作品であり、賞ではありません。二年前の芥川賞の受賞作を覚えている人も、三年前のノーベル文学賞の受賞者を覚えている人も、世間にはおそらくそれほど多くはいないはずです。あなたは覚えていますか?しかしひとつの作品が真に優れていれば、しかるべき時の試練を経て、人はいつまでもその作品を記憶にとどめます。アーネスト・ヘミングウェイがノーベル文学賞をとったかどうか(とりました)、ホルヘ・ルイス・ボルヘスがノーベル文学賞をとったかどうか(とったっけ?)、そんなことをいったい誰が気にするでしょう?文学賞は特定の作品に脚光をあてることはできるけれど、その作品に生命を吹き込むことまではできません。いちいち断るまでもないことですが。

 

後世に残るのは文学賞ではない、作品そのものなのだ。

また村上春樹はこうも語っている。

 

僕がここでいちばん言いたかったのは、作家にとって何よりも大事なのは「個人資格」なのだということです。賞はあくまでその資格を側面から支える役を果たすべきであって、作家がおこなってきた作業の成果でもなければ、褒賞でもありません。ましてや結論なんかじゃない。ある賞がその資格を何らかのかたちで補強してくれるのなら、それはその作家にとって「良き賞」ということになるでしょうし、そうでなければ、あるいはかえって邪魔になり、面倒のタネになるようであれば、それは残念ながら「良き賞」とは言えない、ということです。 

 

文学賞を取っても取らなくても作品の価値が変わるわけではない。

村上春樹の小説が唯一無二で面白いものであることに変わりはないのだから。

 

村上春樹がノーベル文学賞受賞に近いと言われる理由が分かってもらえただろうか。

やはり村上春樹は現代日本を代表する小説家だ。ぜひ作品を読んでみて欲しい。

 

 

最後に初心者にもおすすめな村上春樹作品を紹介したい。これを機会に、村上春樹を読んだことがない人もぜひ村上ワールドを体験してみてほしいなと思う。

 

 

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