日々の栞

生活にカルチャーを。本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

母の生き様の呪縛 / 『影に対して』 遠藤 周作

共通テストの問題文に使われて話題になっている小説が遠藤周作の『影に対して』だ。

遠藤周作は、文学史的には第三の新人に分類される作家で、キリスト教や信仰をテーマにした作品を多く発表している作家だ。特に代表作の『沈黙』では、17世紀の日本におけるキリスト教の迫害を描き、神の沈黙や信仰の葛藤をテーマにしている。

遠藤周作といえばキリスト教という印象があるかもしれないが(私がそうだった)、この『影に対して』では、宗教的なテーマは扱われず、「母と息子の関係」や「芸術の追求と現実の生活の両立」について描かれている。遠藤周作の自伝的な要素も含まれているように読める。

タイトルにあるように、(母の)影に対する主人公の葛藤が描かれた作品である。この記事では遠藤周作の『影に対して』の考察を書きたい。

 

 

2020年に発見された未発表小説

『影に対して』は、2020年に発見された遠藤周作の未発表小説である。が発見されたという事実は、まさにそのような文学的事件であった 。通常、未発表原稿は未完の断片や習作であるケースが多いと思うが、この「影に対して」は完成された作品である。本作の執筆時期は1963年(昭和38年)3月以降とされている。ちょうど、遠藤周作の代表作『沈黙』(1966年刊)の執筆前あたりの時期だ。

 

 

「父」と「母」、「生活」と「芸術」の対立

『影に対して』のテーマの一つが、「父」と「母」の対立である。これは単なる性格の不一致というレベルを超えて、人生に対するスタンスの二項対立として描かれている。何も起こらない平凡な生活を求める父と、平凡な生活よりも芸術を追求する母の生き方の違いと対立が印象的に描かれている。父は「生活」を、母は「芸術」を象徴するものとして描かれていると言っても良いだろう。
主人公は勝呂だ。勝呂の母はヴァイオリンを弾く人であった。芸術に対して厳しく、自分にも他人にも妥協を許さない。その潔癖さは家族との軋轢を生み出し、夫との溝を深めていく。
一方、父が象徴する「生活」とは、日々の糧を得て、社会の中で無難に立ち回る能力である。それは凡庸かもしれないが、強固な現実である。
物語の核心にあるのは、両親の離婚に際して、少年・勝呂が「父」を選んだという事実である。「なぜ母についていかなかったのか。」この後悔が勝呂の人生にくらい影となってついてまわる。
この選択こそが、勝呂にとっての原罪となる。この「裏切り」の記憶が、生涯消えることのない「影」となって彼を追尾する。彼は作家として成功はしないものの、小説の翻訳で生活を成り立たせている。不本意ながらも生活費を稼ぐ仕事で「生活」を確立すればするほど、勝呂は母が目指した「芸術」の高みから遠ざかっていくような感覚に苛まれるのである。

 

 

2026年の共通テストで出題

自分がこの作品を読むきっかけにもなったのだが、遠藤周作の『影に対して』は2026年の共通テストの国語の小説の問題文に使われた。自分も新聞に載った問題を解いたのだが、問題文の小説が良すぎて文庫本を買って読んだ次第だ。

遠藤周作は2026年で没後30周年だ。ちょうど2026年が遠藤周作没後30年にあたるので問題文に選ばれたのだろうか?問題作成者の粋な計らいなのではと思っている。過去にはセンター試験で小林秀雄没後30周年に当たる年に、評論分のところで小林秀雄が問題文で使われたこともあったしな。ちなみに小林秀雄が出題された時のセンター国語の平均点は絶望的に低かった。