日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

社会現象にも!話題になった芥川賞受賞作品まとめ

芥川賞といえば純文学の登竜門的な賞だ。

純文学で優れた新人に与えられる賞で、安部公房や大江健三郎、中村文則、平野啓一郎、川上未映子、綿矢りさ、阿部和重など数多くの有名作家が受賞してきた。

芥川賞は文学賞の中でも特に有名な賞である。それもあって、受賞作がベストセラーになったり、社会現象になったことも数多くあった。

歴代の芥川賞受賞作品の中でも、特に話題になった受賞作品について紹介したい。

 

 

 

芥川賞とはどんな文学賞?

まず、芥川賞について簡単に説明する。芥川龍之介賞、通称芥川賞は、新人作家の純文学作品に与えられる文学賞だ。文学賞の中で一番知名度がある賞だと思う。他の文学賞と違って、一年に2回実施されている。

純文学というと定義が難しいのだけれど、芥川賞に限っていえば、「文學界」・「新潮」・「群像」・「すばる」・「文藝」の五大文芸誌に掲載された作品が候補の対象となる。候補の作品となる小説の長さは中編程度が多い。

三島由紀夫賞」と「野間文藝新人賞」とならんで、三大純文学新人賞と言われている。純文学の新人にとっては登竜門的な賞だ。

 

社会現象・話題になった芥川賞受賞作品の紹介

太陽の季節 / 石原 慎太郎

ベストセラー、映画化、「太陽族」、PTAが大攻撃……。戦後の日本社会に衝撃を与えた若き石原慎太郎の鮮烈なデビュー作。女とは肉体の歓び以外のものではない。友とは取引の相手でしかない……。退屈で窮屈な既成の価値や倫理にのびやかに反逆し、若き戦後世代の肉体と性を真正面から描いた「太陽の季節」。

芥川賞受賞作で社会現象になったといえば石原慎太郎の『太陽の季節』を思い浮かべる人が多いかもしれない。石原慎太郎といえば、東京都知事の印象が強いかもしれないが、芥川賞を受賞した小説家なのである。

既成の倫理感を揺さぶる反倫理的なストーリーが話題を呼び、戦後の日本社会に影響を与えた作品だ。『太陽の季節』は映画化もされ社会現象にもなった。特に、慎太郎刈りやサングラスといった格好をした無秩序な行動をとる享楽的な若者は「太陽族」と呼ばれ流行語化した。「太陽族映画」を観て影響を受けたとして、青少年が事件を引き起こすのも問題となった。

ストーリーは、自堕落な生活を送る高校生の竜哉とナンパした英子と関係性を描くというのものだ。竜哉の英子に対するぞんざいな扱いが物議を醸した。また、障子のシーンがセンセーショナルで特に有名だろう。

反倫理的なストーリーや、有名な障子のシーンなどセンセーショナルな面が強調される『太陽の季節』だが、根本で描かれているのは古典的な恋愛だったりする。ぜひ一読あれ。

 

 

されどわれらが日々 / 柴田 翔

1955年、共産党第6回全国協議会の決定で山村工作隊は解体されることとなった。私たちはいったい何を信じたらいいのだろうか。
「六全協」のあとの虚無感の漂う時代の中で、出会い、別れ、闘争、裏切り、死を経験しながらも懸命に生きる男女を描き、60~70年代の若者のバイブルとなった青春文学の傑作。第51回芥川賞受賞作品。

小説で話題になるものは、時代性を反映した青春小説が多い。柴田翔の『されどわれらが日々 』は、1950年代末の時代性を大きく反映させ、発行部数が多い小説だ。この小説が描いているのは、「六全協」のあとの虚無感だ。

六全協とは、1955年7月の日本共産党第六回全国協議会のことである。この会議を機に日本共産党は、「武装闘争」を放棄して、議会を重視する方針に転換した。この出来事が学生運動に身を投じる学生に虚無感を与えたのだ。

語り手の「私」こと文夫は、東京大学大学院程に在籍中の「知識人予備軍」だ。文夫には節子という婚約者がいる。文夫と対照的な生き方をしている登場人物として佐野という男性が描かれている。彼は共産党員で、大学時代は「山村工作隊」として地下に潜っていた。しかし彼は六全協の後に自殺したのである。「武力闘争」という生活の中心を失い、虚無感に襲われた佐野は自殺を選んだのだ。文夫と節子は佐野の死に衝撃を受け、自分の人生に後ろめたさを感じるのである。

『されどわれらが日々』は、「革命に命をかける人もいる中で、自分は知識人として生きるだけでいいのか」というという問いを突きつけているのである。六全協という時代背景が分からないととっつきにくい小説だが、1950年代の雰囲気を味わうには良い小説だ。

 

 

赤頭巾ちゃん気をつけて / 庄司 薫

学生運動の煽りを受け、東大入試が中止になるという災難に見舞われた日比谷高校三年の薫くん。そのうえ愛犬が死に、幼馴染の由美と絶交し、踏んだり蹴ったりの一日がスタートするが―。真の知性とは何か。戦後民主主義はどこまで到達できるのか。青年の眼で、現代日本に通底する価値観の揺らぎを直視し、今なお斬新な文体による青春小説の最高傑作。

時代を反映しているためか学生運動を描いた作品はベストセラーになったものが多い。庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、学生運動の煽りで東大入試が無くなった年を描がいた青春小説だ。この小説は第61回芥川賞を受賞し、ベストセラーにもなった。

ストーリーとしては、東大入試が中止になるという災難に見舞われた薫くんのツイてない一日が綴られた小説だ。『ライ麦畑でつかまえて』を彷彿とさせるような、口語体の斬新な文体が用いられていることでも話題になった。主人公の薫くんの視点から描かれているのは、知性の危機と大衆消費社会の興隆、そして「優しさ」が失われてしまうことへの危惧だ。

 

 

限りなく透明に近いブルー / 村上 龍

米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。

芥川賞受賞作品が社会現象となるパターンの一つとして、センセーショナルな内容が描かれているというものがあると思う。石原慎太郎の『太陽の季節』もそのパターンに当てはまるだろう。

同じパターンでいうと、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が一番話題になったのではないかと思う。

村上龍の『限りなく透明に近いブルー』は、米軍基地の街・福生を舞台にドラックとセックスに満ちた退廃的な生活を送る若者を描いた作品だ。主人公のリュウの視点で退廃的な生活が描かれていくのだが、感情移入を排した客観的な表現でセックスや暴力が描かれているのが特徴だ。

『限りなく透明に近いブルー』の発行部数は単行本131万部(2005年時点)で単行本・文庫本の合計で367万部(2015年時点)に達する。単行本部数のトップは『火花』だが、芥川賞受賞作としては歴代1位の売り上げになる。

 

 

僕って何 / 三田 誠広

僕って何 (河出文庫)

田舎から上京し、学園闘争真っ只中の大学に入学した僕。受験勉強の他に何も知らない母親っ子の僕が、いつの間にかセクトの争いや内ゲバに巻き込まれ、年上の女子学生・レイ子と暮らすことになる…。僕って何?青春の旅立ちを描いた、芥川賞受賞の永遠の青春小説。

三田誠広の『僕って何』は、『赤頭巾ちゃん気をつけて』のように学生運動を描いた青春小説だ。この頃になると学生運動の勢いは衰えていて、この小説では激化する学生運動やその空疎さを皮肉交じりに描いている。この小説は学生運動そのものが主題というわけではなくて、主人公の「僕」が「B派」というセクトに身を置き、セクト争いに巻き込まれる中で、自らのアイデンティティを模索するというのがあらすじだ。まさしく、タイトル通り「僕って何」?だ。

「僕」は学生運動にのめり込んでいるという訳ではなく、部活やサークルの延長線上で、学生運動に参加しているに過ぎなかった。「僕」にとってセクトとは自らのアイデンティティを保つための装置にしか過ぎないのだ。「僕」が求めていたのは、自分を認めてくれる場所だった。コミュニティのとしての学生運動や派閥を描いているのが面白いなと思う。

 

 

エーゲ海に捧ぐ / 池田 満寿夫

サンフランシスコのアトリエにいる彫刻家を責め立てる、日本の妻からの長い国際電話。彫刻家の前には二人の白人女性が…。卓越したシチュエーションと透明なサスペンスで第七十七回芥川賞に輝いた表題作ほか二篇を含む、衝撃の愛と性の作品集。

官能的でセンセーショナルな内容で話題を集めたのが、池田満寿夫の『エーゲ海に捧ぐ』だ。池田満寿夫は、元々版画などを手がける画家であり、画家が芥川賞を受賞したのは池田満寿夫が初めてである。芥川賞は三田誠広の『僕って何』との同時受賞である。

官能的な内容が物議を醸し、芥川賞選考委員の間でも評価が真っ二つに分かれた。内容としては、日本の妻から電話がかかってくる中で彫刻家の目の前で二人の白人女性が痴態を繰り広げているというような内容だ。視覚と聴覚を分断した表現は現代でも新鮮で、もっと評価されてもいい作品だとも思う。後に、『エーゲ海に捧ぐ』は池田満寿夫自身の手によって映画化されている。

『エーゲ海に捧ぐ』と『僕って何』が掲載された文藝春秋1977年9月号は100万部を記録している。

 

 

蹴りたい背中 / 綿矢 りさ

ハツとにな川はクラスの余り者同士。ある日ハツは、オリチャンというモデルのファンである彼の部屋に招待されるが……文学史上の事件となった百二十七万部のベストセラー、史上最年少十九歳での芥川賞受賞作。

2000年代に入って話題を集めた芥川賞受賞作といえば、綿矢りさの『蹴りたい背中』だろう。金原ひとみの『蛇にピアス』と同時受賞で話題を集めたのを覚えている人は多いかもしれない。綿矢りさはそれまでの最年少記録(第56回・丸山健二の23歳0ヶ月)を大幅に更新した。芥川賞受賞作と選評が掲載された『文藝春秋』は、雑誌としては異例の初回刷80万部、最終的には118万5000部を記録したようだ。単行本は芥川賞受賞作としては村上龍『限りなく透明に近いブルー』(131万部)以来、28年ぶりのミリオンセラーとなった。ちなみに2004年末までの発行部数は127万部だ。

ストーリーとしては、クラスの余り物同士のハツとにな川の交流を描くというものだ。感覚的でリズミカルな文体が新鮮で、文体にすごく魅力を感じる作品だ。すごく読みやすいのでぜひ読んでみてほしい。

 

 

蛇にピアス / 金原 ひとみ

蛇のように舌を二つに割るスプリットタンに魅せられたルイは舌ピアスを入れ身体改造にのめり込む。恋人アマとサディスティックな刺青師シバさんとの間で揺れる心はやがて…。第27回すばる文学賞、第130回芥川賞W受賞作。

上で書いた綿矢りさの『蹴りたい背中』と同時受賞で注目を集めたのが金原ひとみの『蛇にピアス』だ。この時は金原ひとみと綿矢りさという若手女性作家が同時受賞ということもあって、芥川賞の歴史の中でもかなり話題になった回だ。

『蛇にピアス』はスプリットタンや舌ピアス、タトゥなどの身体改造を通じて、生きていることの痛みや切実さを描いている。『蛇にピアス』でモチーフとして扱われているのは、タイトルにある様にピアスやスプリットタン、タトゥといった身体改造だ。主人公のルイは、アマと同棲しながらも、サディストの彫り師シバとも関係を持っている。アマは舌にピアスを入れており、舌先が二つに別れたスプリットタンになっている。ルイはアマのスプリットタンに影響を受けて、自らも舌にピアスを入れ、タトゥを彫り、どんどんと「身体改造」にはまっていく。痛みを通じてしか生きることの実感を得られないアマの痛みと快楽、愛と絶望が描かれている。

歳をとらないと深く理解できない小説があるように、歳をとってしまうと深く理解できない小説があると思うのだが、金原ひとみの『蛇にピアス』は後者に属する小説だと思っている。

 

 

abさんご / 黒田 夏子

abさんご

abさんご

Amazon

二つの書庫と巻き貝状の小べやのある「昭和」の家庭で育ったひとり児の運命。記憶の断片で織りなされた、夢のように美しい世界。第148回芥川賞受賞作。

芥川賞には難解な作品が選ばれることがある。難解な内容だが、話題にもなった芥川賞受賞作が黒田夏子の『abさんご』だ。

『abさんご』の難解なところは、全文横書きで「固有名詞」や「かぎかっこ」、「カタカナ」を一切使わない実験的な試みにある。ある意味、日本語の限界に挑んだ超実験小説だ。

やっぱりというべきか、横書きの小説による受賞は芥川賞史上初だ。また作者は受賞時75歳で、受賞時点では史上最高齢の芥川賞受賞者である。

 

 

火花 / 又吉 直樹

売れない芸人の徳永は、、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。

作家自身が有名であると芥川賞受賞作品はベストセラーになる。直近の芥川賞で最も売れたといっても過言でないのは、又吉直樹の『火花』だ。第153回芥川賞を受賞し、累計発行部数283万部を誇る。

みなさんご存知だと思うが、又吉直樹はお笑いコンビ・ピースとして活躍するお笑い芸人だ。綾部がアメリカに行ってからコンビで活動することはあまり見なくなったが。お笑い芸人が芥川賞を受賞するというのは史上初だ。

又吉直樹はかなりの読書家でエッセイも面白い。又吉直樹のデビュー小説が『火花』である。

特に『火花』は漫才師のことを描いていることもあって、ネタが散りばめられている。『火花』は、冒頭の太鼓の音のシーンが出囃子に見立てられるように、構成的にも漫才の形式を取り込んだ小説だ。また、お笑い芸人ということもあり、又吉直樹の小説はすごく面白い。ボソッと破壊力のあるフレーズや面白エピソードが挿入され、時たま斜め上すぎて意味不明なエピソードもあるが、それがまた笑いを誘う。

 

 

コンビニ人間 / 村田 沙耶香

36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。

村田沙耶香といえば、子供をたくさん産めば人を殺しても良いという世界を描いた「殺人出産」など、かなり尖った内容の小説を書く作家として知られている。村田沙耶香の作品にしては丸い気がするが、『コンビニ人間』はコンビニを題材に「普通」とは何かと突きつけられる作品だ。

主人公はコンビニでバイトをし続けている恵子。彼女にとって、コンビニは「普通」を指し示していくれる人生の羅針盤だ。だが、そんな彼女の生活も乱されていく...

2016年の発売から年内に50万部を超えてからもじわじわと売れ続けており、2年を経て100万部に到達している。村田沙耶香作品の中ではとっつきやすい部類に入ると思うので、ぜひこの本で村田ワールドを楽しんでほしい。

 

 

むらさきのスカートの女 / 今村 夏子

「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導し……。

デビューから一貫して話題作を世に送り出している作家が今村夏子だ。太宰治賞を受賞したデビュー作「こちらあみ子」は三島由紀夫賞を受賞。2017年には『あひる』で河合隼雄物語賞、『星の子』で野間文芸新人賞を受賞と数々の文学賞を総なめにしてきた。

そんな期待の作家・今村夏子が満を辞して芥川賞を受賞したのが『むらさきのスカートの女』だ。少しホラー的な内容でもある。最近では、TikTokの本紹介がきっかけで話題になっていた。

 

 

推し、燃ゆ / 宇佐美 りん

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

Amazon

逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈”することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し――。

直近の芥川賞でベストセラーとなった作品といえば宇佐美りんの『推し、燃ゆ』だろう。アイドルを「推す」ことやネットでの炎上という現代的なテーマを描いた作品だ。題材に時代性があり、また新しいことから発売当初から話題になっていた。

第164回芥川賞を受賞し、『推し、燃ゆ』は50万部を超えるベストセラーになっている。

 

話題になった芥川賞作品から文学作品に触れてみるのはどうだろうか?

 

 

関連記事

plutocharon.hatenablog.com

plutocharon.hatenablog.com