日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

「ブラックボックス」 砂川 文治

砂川文次は「市街戦」で第121回文學界新人賞を受賞しデビュー。今までに、「戦場のレビヤタン」、「小隊」で2度芥川賞候補にノミネートされている。元自衛官とあってか、戦争や兵隊をモチーフにした小説が多い。「小隊」という小説は北海道に上陸したロシア軍が自衛隊と衝突する様を圧倒的なリアリティで描いた作品だ。また、組織の不条理を描くなど、カフカ的な作風も特徴だ。最近では、新型感染症をモチーフにした「臆病な都市」がコロナ禍を予見しているとして話題を集めていた。新型感染症にパニックを起こす人々を描き、役所という官僚的な組織の不条理を描いた力作だ。

今回候補になった「ブラックボックス」は、自転車便メッセンジャーが主人公の小説だ。小説の前半と後半で大きく雰囲気が変わるのが特徴になっている。

前半部分では、主人公サクマが自転車で街を駆ける様子が躍動感を持って描かれている。非正規雇用という立場の不安定さを悩み焦燥感を抱くサクマだが、日々の業務をこなす中では今後の未来を思い描く余裕がない。だから、非正規雇用から抜け出せずにいる。この、日々の業務に忙殺されて負のスパイラルから抜け出せないのは、自己責任論に対する一つの答えじゃないかなと個人的には思っている。みんながみんな考えられる環境にいる訳ではなく、貧困から思考の幅が狭まってしまうこともある。前半部分は、自転車で自由に世界を駆け回れるのに思考や視野が狭まっているところが丁寧に描かれていた。また、配達先のホワイトカラーの職場がブラックボックスだと感じ、繋がりを感じられずにいる。

後半部分は前半部分と打って変わって、サクマが刑務所の中にいるところから始まる。税務署の職員をひょんなことから殴ってしまうのだ。サクマにとって「ブラックボックス」であった刑務所の中に入ることによって、自分と向き合うことができ、思考が深まっていく展開は面白かった。ラストも希望が持てるようなシーンになっており、好感が持てる。