日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

筋肉を追求した先にあるのは女性らしさ? /「我が友、スミス」 石田 夏穂

石田夏穂は2021年「我が友、スミス」で第45回すばる文学賞佳作を受賞しデビュー。デビュー作で芥川賞にノミネートされた。すばる文学賞佳作から候補に選ばれたのは驚いた。もし、芥川賞を受賞すれば、初の快挙じゃないだろうか。

「我が友、スミス」は、ボディ・ビルの大会を目指し筋トレに励む女性・U野の姿を描き、ジェンダーの問題を描いた小説だ。筋トレを題材をした純文学という時点で珍しいのに、女性のボディ・ビルの大会を題材にしている小説はこれが初じゃないだろうか。恥ずかしながら、この小説を読むまで女性にもボディ・ビルの大会があることを知らなかった。そもそも僕は筋トレに1mmどころか1μmも興味がないのだが、この「我が友、スミス」はとてもリーダビリティがあり文章にユーモアがあって、筋トレに興味がない人でも引き込む魅力がある。運動嫌いな僕も一気に読み通してしまい、何なら読了後に女性ボディ・ビルの動画をYouTubeで漁って観てしまった。恐るべき、「我が友、スミス」。今回の芥川賞候補作で一番リーダビリティがあったのは「我が友、スミス」だったと思う。

タイトルのスミスというのは、筋トレに使う「スミスマシン」のことだ。画像は各自ググってください。ベンチプレスに近いようなマシンで、バーがレールを沿うように動くようになっていて、1人でもトレーニングがしやすい設計になっている。作中の言葉を借りると、「スミスは一匹狼の卜レーニーのために存在するマシン」だ。このタイトルが象徴するように、U野は群れるのではなく孤高にトレーニングに取り組み、筋トレを通じて成長する成長譚にもなっている。

主人公・U野は、「別の生き物になりたい」という思いを抱き、世の中で一般的とされるキラキラした女性性に背を向けて、ストイックに筋トレに邁進する。一般的な女性性に背を背けてボディ・ビル大会に向けてトレーニングするU野だが、ボディ・ビル大会ではハイヒールを履き脱毛美肌のサロンに通わなければならないなど、フェミニンであることを強要されるところは皮肉が効いている。こういったジェンダー的なテーマと筋トレを組み合わせたのは新鮮だ。

文体は、とてもユーモアが効いててセンスを感じた。本当に何回もクスッとさせられた。次回作ではどんな作品を描くのか気になってしまう文体だ。

気になった点だと、「別の生き物になりたい」という筋トレの動機が弱いかなと感じた。「別の生き物になりたい」というよりかは、筋トレそのものが好きでのめり込んでいるような印象が強かった。あとは、一般的な女性性を重んじるボディ・ビルに反抗するラストのオチが普通すぎたかなというのもある。