日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

先見性がありすぎる!元自衛隊の異色作家・砂川文次の小説を紹介!

砂川文次という作家をご存知だろうか?

 

「市街戦」でデビューした、元自衛官という異色の経歴を持つ作家だ。元自衛官とあってか、戦争や自衛隊、軍隊をモチーフにしたミリタリー小説が多く、リアリティある描写が魅力だ。文章の緻密さがすごく、戦争の場面では自分が戦場にいるかのようなリアリティがある。

 

ロシア軍が北海道に侵攻し自衛隊と衝突するという「小隊」では、さすが自衛隊出身と言うべきか、自衛隊での専門用語が飛び交い、自衛隊の描写のディティールがすごく細かくてリアルだ。実際の戦場にいるかのような臨場感が味わえる。

また、組織の不条理を描くなど、どこかカフカ的な作風も特徴だ。最近では、新型感染症をモチーフにし、組織の不条理を描いた『臆病な都市』が話題を集めていた。

砂川文次の魅力はミリタリー小説の側面だけではなく、未来を予見するかのような先見性の高さにもある。新興感染症がモチーフの『臆病な都市』は新型コロナ流行前に書かれていたこともあり、未来を予見した小説と評された。『小隊』は、北海道にロシア軍が上陸し自衛隊と衝突するという話だ。これはロシア軍がウクライナに侵攻したことを彷彿とさせる。

最近では『ブラックボックス』で芥川賞を受賞し注目を集めている。そんな砂川文次の小説の魅力を紹介してみようと思う。

 

 

小隊

 元自衛官の新鋭作家が、日本人のいまだ知らない「戦場」のリアルを描き切った衝撃作。 北海道にロシア軍が上陸、日本は第二次大戦後初の「地上戦」を経験することになった。自衛隊の3尉・安達は、自らの小隊を率い、静かに忍び寄ってくるロシア軍と対峙する。そして、ついに戦端が開かれた――。

芥川賞候補作にもなった「小隊」は組織の不条理を描いた戦争小説だ。「小隊」は、北海道にロシア軍が上陸し、日本の自衛隊と衝突するという架空の戦争を描いている。まるでロシアのウクライナ侵攻を予見していたような小説だ。

まず著者が自衛隊出身ということもあってか、小説のリアリティに圧倒される。専門用語が頻繁し、読んでいる自分も自衛隊として戦場にいるかのような錯覚を抱く。映画で例えたらクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』のようだ。軍隊の専門用語で現実を「異化」させる手法は圧巻だ。

軍事的なことは僕自身よく分からないのだけれど、「小隊」で描かれているロシアの攻め方はかなりリアリティがあるらしい。戦争が始まるぞ!みたいな開戦ではなく、静かに開戦していく様は妙にリアルである。ロシアのウクライナ侵攻が起こった今、この小説がものすごく現実味を帯びてくる。実際の戦争もこんな感じで始まるのか。

主人公の安達は戦争を経験したことがなく、開戦した当初は戸惑っているが、組織での役割に突き動かされ滞りなく戦争を遂行していく。官僚的な組織の弊害と、個人の意思ではなく、組織での役割や組織の論理で戦争を遂行していくさまはカフカ的だなと感じる。この時代に是非読んでほしい小説だ。砂川文次入門としても是非読んで欲しい。

 

 

戦場のレビヤタン

武装警備員としてイラクに赴いたKに、さまざまな思いが去来する。何が日常で何が非日常か。日本と戦地を隔てるものは。誰が敵で誰が味方なのか。荒涼とした紛争地、資本主義社会の裏側を乾いた筆致で描き出す。著者デビュー作「市街戦」も併録。

戦場のレビヤタン」は、Kという民間軍事会社に勤める元自衛官が主人公の小説だ。この小説も軍隊がテーマの1つになったミリタリー小説だ。イラクに派遣された主人公の日常が、解像度の高い文体で描かれている。

市街戦」は文學界新人賞を受賞した砂川文次のデビュー作だ。デビュー作でも自衛隊がテーマになっており、100km行軍という長距離を歩く訓練がモチーフになっている。

どちらの作品も、乾いた空気感が魅力のミリタリー小説だ。なかなか文庫化されないなと思っていたけど、「小隊」と合わせて文庫化されるみたい。

 

 

臆病な都市

鳥の不審死から始まった新型感染症の噂。その渦中に首都庁に勤めるKは巻き込まれていく…。組織の論理と不条理を描く傑作。

砂川文次の作品の魅力は、リアリティあふれるミリタリー小説だけではない。砂川文次の魅力は先見性の高さにもある。砂川文次の先見性がもっとも表れていると思うのが『臆病な都市』という新型感染症を題材にした小説だ。

コロナ禍をモデルにした小説かと思いきや、この小説はコロナ禍が深刻になる前に群像に掲載されている。中編小説なので、書かれた時期自体は新型コロナが話題になり始める時期よりも前のことだろう。この『臆病な都市』は新型コロナウイルスがパンデミックとなる前に書かれた小説なのだ。恐るべき先見性。。。

『臆病な都市』の中で描かれている新型感染症に対する集団ヒステリーや、大衆の行き過ぎた正義感は、現実世界のコロナ禍でも起こった出来事だ。中編小説なので、書かれた時期自体は新型コロナが話題になり始める時期よりも前のことだろう。『臆病な都市』はコロナ禍を予見した小説でもあるのだ。

『臆病な都市』が描いたのは新型感染症に対する大衆のヒステリーだけではない。東京都庁を舞台に組織の不条理を描き、システムを無批判に受け入れることがどんな惨事をもたらすかについて警鐘を鳴らしている。砂川文次の小説はカフカみたいに主人公がKとなっているが、『臆病な都市』は組織の不条理を描いたという点で、砂川文次作品の中でももっともカフカっぽい作品と言えるかもしれない。

 

 

ブラックボックス

自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。 自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。

砂川文次の芥川賞受賞作が「ブラックボックス」だ。この小説は砂川文次の十八番芸であるミリタリー小説ではない。現代格差社会を描いた、自転車便メッセンジャーが主人公の小説だ。小説の前半と後半で大きく雰囲気が変わるのが特徴になっている。

前半部分では、主人公サクマが自転車で街を駆ける様子が緻密な文章で躍動感を持って描かれている。非正規雇用という立場の不安定さを悩み焦燥感を抱くサクマだが、日々の業務をこなす中では今後の未来を思い描く余裕がない。だから、非正規雇用から抜け出せずにいる。この、日々の業務に忙殺されて負のスパイラルから抜け出せないのは、自己責任論に対する一つの答えじゃないかなと個人的には思っている。みんながみんな考えられる環境にいる訳ではなく、貧困から思考の幅が狭まってしまうこともある。前半部分は、自転車で自由に世界を駆け回れるのに思考や視野が狭まっているところが丁寧に描かれていた。また、配達先のホワイトカラーの職場がブラックボックスだと感じ、繋がりを感じられずにいる。

後半部分は前半部分と打って変わって、サクマが刑務所の中にいるところから始まる。税務署の職員をひょんなことから殴ってしまうのだ。サクマにとって「ブラックボックス」であった刑務所の中に入ることによって、自分と向き合うことができ、思考が深まっていく展開は面白かった。ラストも希望が持てるようなシーンになっており、好感が持てる。

 

 

99のブループリント

金十五キロ、時価総額二億円。アンドウはいかにしてこの資産を得るに至ったのか。奇妙な手記が始まる

芥川賞受賞後の第一作目の小説が「99のブループリント」だ。この小説は自衛隊の話ではなく、なんとFIRE(Financial Independence Retire Early、経済的自立と早期リタイア)がテーマなのだ。

コロナ禍での中央銀行の金融緩和政策で上昇し続けた株価が、テーパリングで下がりつつある今、全投資家たちに読んで欲しい小説だ。資産運用がテーマの小説ってなかなか珍しいなと思う。