日々の栞

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『街とその不確かな壁』の理解を深めるためにおすすめの村上春樹作品5選

村上春樹の新作長編小説『街とその不確かな壁』が発売された。『一人称単数』といった短編集は出版されてきたが、新作の長編小説は久しぶりということもあり、発売当初は大きな注目を集めた。

発売から時間が経ったので、読んだ人も多いのではないだろうか。この記事では、『街とその不確かな壁』の理解を深めるためにおすすめの村上春樹作品を紹介したい。『街とその不確かな壁』に内容が近い村上春樹作品がいくつかあるので、読解の参考になるのではないかと思う。

 

 

 

街と、その不確かな壁

まず一番に読んで欲しいのが、「街と、その不確かな壁」だ。『街とその不確かな壁』と何が違うのと思う人が多いかもしれないが、こちらは過去に発表された村上春樹の中編小説だ。よく見てもらうと、「街と」の後に句読点が入っている。他の村上春樹作品で例えると「めくらやなぎと眠る女」と「めくらやなぎと、眠る女」みたいな違いだ。

街と、その不確かな壁」は1980年『文學界』9月号に掲載された幻の中編小説だ。インタビューによると、この作品は『1973年のピンボール』が芥川賞候補となったことにより、その受賞第1作として発表することを意識して書いたようだ。結局、村上春樹は芥川賞は受賞しなかったのだけれど。

「街と、その不確かな壁」は、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」パートの元になった作品とも言われている。だが、村上春樹の意向により単行本や全集にも一切収録されていないのだ。なので、この作品を読むのは非常に難しい。国会図書館に写本を頼むしかないのではないか。

物語の結末も本人にとって納得のいくものではなかったようで、村上春樹自身も「あれは失敗」であり、「書くべきじゃなかった」とも語っている。

今回出版された『街とその不確かな壁』は、過去作「街と、その不確かな壁」のセルフリメイクだ。村上春樹が後書きに書いているように、過去の失敗作を書き直したようだ。

前作との違いから考察を深めることができるのではないかと思う。

 

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

次におすすめなのが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だ。この本を一言で言うと、「大人のための静謐なファンタジー。内容としては、「世界の終り」と「ハードボイルドワンダーランド」の二つの世界が交互に展開していく話になっている。「計算士」や「組織(システム)」、「記号士」、「工場(ファクトリー)」など謎めいた組織が暗躍していて、謎めいた組織は何なのが気になってページをめくる手が止まらなくなる。この作品は、読者を日常から離れた不可思議な世界に連れていってくれ、読書でしか味わうことのできない体験が待っている。

この小説を進める理由としては、『街とその不確かな壁』と同じように、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』は『街と、その不確かな壁』から派生した作品だからだ。村上春樹の幻の過去作「街と、その不確かな壁」は、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の「世界の終り」パートの元になった。それを踏まえると『街とその不確かな壁』と『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』では一部内容が共通している部分がある。結末の変化を合わせて考察すれば非常に面白いのではないかと思う。

 


国境の南、太陽の西

『街とその不確かな壁』では、忘れられない恋がモチーフとなっている。村上春樹作品の中で忘れられない恋を描いた作品といえば『国境の南、太陽の西』だろう。
この作品では、過去の恋が忘れられず不倫に走ってしまう男が描かれている。村上春樹版の『秒速5センチメートル』といった感じだ。忘れられない女性というモチーフが共通している点で『国境の南、太陽の西』をお勧めしたい。

 

 

騎士団長殺し

次に紹介したいのは、村上春樹の最新長編小説 『騎士団長殺し』だ。『街と不確かな壁』の前作の長編小説ということで、こちらを紹介したい。

『騎士団長殺し』では、これまでの村上春樹作品や村上春樹が翻訳した海外作品に出て来たモチーフがたくさん使われている。村上春樹のベストアルバムと言える内容となっている。あるいは村上春樹のセルフパロディとも言えるかもしれない。これまでの村上春樹作品を読んでいる人ならかなり楽しめる作品だ。

また、人称が、『海辺のカフカ』・『1Q84』の時の三人称から、初期作品で使われていた一人称(「僕」ではなく「私」だが)になっていて、雰囲気も初期作品に近いものになっている。

 

 

 

一人称単数

次に紹介するのは最新の短編集『一人称単数』だ。村上春樹の最新の短編小説だ。

収録作品は、「石のまくらに」、「クリーム」、「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」、「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」、「『ヤクルト・スワローズ詩集』」「謝肉祭(Carnaval)」、「品川猿の告白」、「一人称単数」だ。

この短編集全般に言えることだが、人生を俯瞰して過去の話を思い返すというスタイルの短編が多い。これは村上春樹が年をとったからなのかなとちょっと思っている。フィクションと私小説の間と言える様な感じの短編が多く収録されている印象だ。

『一人称単数』という短編集のタイトルのように、人称は「僕」や「私」が使われている。一人称単数、特に「僕」は村上春樹が得意とする人称だ。数ある人生の可能性の中から、一人称単数として選んできた人生を振り返ると言う意味合いなのではないかと思う。

村上春樹が「老い」を部分的に描いた小説としてこちらを選んでみた。『街とその不確かな壁』では「老い」を描くかどうかで、評論家の間で話題になっていたからだ。

 

 

 

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