日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

第168回芥川龍之介賞の受賞作を予想する!

2023年が始まって数日が経ったが、そろそろ気になってくるのが芥川賞の受賞予想だろう。

大半の人は気になっていないかもしれないが、芥川賞受賞作を予想していこうと思う。年末年始に候補作を読んだので感想も合わせて書きたい。

 

皆さんご存知かもしれないが、第168回芥川賞候補作は、安堂ホセジャクソンひとり』、井戸川射子この世の喜びよ』、グレゴリー・ケズナジャット開墾地』、佐藤厚志荒地の家族』、鈴木涼美グレイスレス』の5作品だ。

5人中4人が初のノミネートで、フレッシュな顔ぶれがそろう。複数回候補になっているのは、鈴木涼美だけで、今回が2回目のノミネートだ。

 

この記事では、各候補作品/候補者の詳細について紹介し、受賞作の予想を書いていきたい。

 

 

そもそも芥川賞とは?

芥川賞とは何か知らない人がいるかもしれないので簡単に説明しておく。

芥川賞とは、新人作家の純文学作品に与えられる文学賞だ。純文学における登竜門的な賞で、文学賞の中で一番知名度がある賞かもしれない。純文学界のM−1グランプリみたいなものだ。純文学というと定義が難しいのだけれど、芥川賞に限っていえば、「文學界」・「新潮」・「群像」・「すばる」・「文藝」の五大文芸誌に掲載された作品が候補の対象となる。他の文芸誌に載った作品も候補になることがあるが非常にまれだ。

 

 

第168回芥川龍之介賞の候補作の紹介

それでは今回候補になった五作品の詳細について紹介したい。

 

安堂ホセ『ジャクソンひとり』(文藝冬季号)

ジャクソンひとり

ジャクソンひとり

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着ていたTシャツに隠されたコードから過激な動画が流出し、職場で嫌疑をかけられたジャクソンは3人の男に出会う。痛快な知恵で生き抜く若者たちの鮮烈なる逆襲劇!第59回文藝賞受賞作

安堂ホセは、『ジャクソンひとり』で第59回文藝賞を受賞しデビュー。今回デビュー作で芥川賞候補になった。最近の芥川賞の傾向だが、新人賞を受賞した作品がいきなり候補になることが多い。

『ジャクソンひとり』は、人種差別とリベンジポルノをテーマにした作品だ。人種差別といえば、肌の色で人をカテゴライズして差別・攻撃を加えるということがイメージされると思う。肌の色で人をカテゴライズした時、そこには個人の人となりというものは無視され、ただ集団としてのレッテルがあるのみだ。主人公たちは個人を無視したカテゴライズに対して、効果的な反撃を試みる。
 主人公のジャクソンは、アフリカのどこかの国と日本とのハーフ(ブラックミックス)だ。ある日着ていたTシャツから、QRコードが読み取られ、自分にそっくりのブラックミックスの男が裸ではりつけにされた動画が流出してしまう。騒動に巻き込まれた4人のブラックミックスは、日本人には見分けがつかない外見を生かし、入れ替わって復讐を仕掛けていく。

三人称複数視点で進行する小説は展開がスピーディーで読者を飽きさせない。作品内容のインパクト度合いで言えば、候補作の中では一番だ。

 

 

井戸川射子『この世の喜びよ』(群像七月号)

幼い娘たちとよく一緒に過ごしたショッピングセンター。喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の少女と知り合う。言葉にならない感情を呼び覚ましていく表題作「この世の喜びよ」をはじめとした作品集。

井戸川射子(いこ)は詩人として活動している作家だ。2021年に初の小説集『ここはとても速い川』を出版した。この作品はかなり話題となり、野間文芸新人賞を受賞するまでに至った。今回候補となった「この世の喜びよ」は、喪服売り場で働く「あなた」の視点で生きることの機微をつづった作品だ。この小説の特徴は、主人公・穂賀があなたという二人称で呼びかけられているところだ。ある種の二人称小説の体裁を取っているのだ。

このあなた(穂賀)の視点から、穂賀とフードコートの常連の少女やゲームセンターに入り浸るおじいさん、ゲームセンターで働く多田さんとの交流が描かれる。主人公は目の前の出来事に、自分の過去の記憶を重ねていく。娘が小さかった頃の記憶、自分が子供だった時の記憶、そういった過去の記憶が目の前の出来事に引き出されていく。最近の映画で例えたら『ちょっと思い出しただけ』のような感じだ。

現在に過去の記憶を重ねること、それにどれだけ生きる喜びがあるのかを実感させてくれる名作だ。

 

 

グレゴリー・ケズナジャット『開墾地』(群像十一月号)

母が出て行ったサウスカロライナの家には、ラッセルには分からない父の故郷の言葉が流れていた。自分は、故郷に帰るのだろうか。

グレゴリー・ケズナジャットは「鴨川ランナー」で京都文学賞を受賞しデビュー。

今回候補になった「開墾地」では、故郷と「母語」を巡る物語が綴られている。サウスカロライナの町に生まれた主人公は、再婚した母が家を出た後、イラン出身の養父に育てられた。その後、日本の大学に留学することを選ぶ。彼は英語と日本語の狭間で生き残ろうとする。

 

 

佐藤厚志『荒地の家族』(新潮十二月号)

元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か――。40歳の植木職人・坂井祐治は、災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、被災地に生きる人々の止むことのない渇きと痛み。

佐藤厚志は第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞しデビュー。佐藤厚志は丸善仙台アエル店で働く現役の書店員でもある。これまでに、「境界の円居(まどい)」で第3回仙台短編文学賞大賞に選ばれ、「象の皮膚」で第34回三島由紀夫賞候補にノミネートされた。

今回初の芥川賞候補となった「荒地の家族」は宮城県を舞台に「災厄」後を描いた小説だ。主人公は、東日本大震災の津波で仕事道具を全て失い、妻も病気で亡くした植木職人・坂井。東日本大震災後の宮城で、喪失を抱えながら生きる人々の心情を描き出した力作だ。

 

 

鈴木涼美『グレイスレス』(文學界十一月号)

デビュー小説『ギフテッド』に続き、芥川賞候補に選ばれた鈴木涼美の第二作。主人公は、アダルトビデオ業界で化粧師(メイク)として働く聖月(みづき)。彼女が祖母と共に暮らすのは、森の中に佇む、意匠を凝らした西洋建築の家である。まさに「聖と俗」と言える対極の世界を舞台に、「性と生」「生と死」のあわいを繊細に描いた新境地。

鈴木涼美は、『「AV女優」の社会学』、『体を売ったらサヨウナラ』などの著作で知られている論客、社会学者、小説家だ。夜の街に生きる住人たちを描いた「ギフテッド」で小説家デビューを果たした。「ギフテッド」は芥川賞候補にもなった。「ギフテッド」では、夜の街に生きる主人公と母親の関係性を端正な文章で綴っていた。「夜の街」に生きる住人たちを圧倒的なリアリティで描いた作品で、作者の経歴が重なるような自伝的な内容のようにも思えた。

今回候補になった鈴木涼美の第二作「グレイスレス」は、AV(アダルトビデオ)業界でメイク係として働く聖月を主人公とした小説だ。聖月と彼女の祖母、ベテランAV女優、そして新人AV女優の交流を描く。饒舌な文体で書かれた『体を売ったらサヨウナラ』を最初に読んだ印象からか、鈴木涼美の小説は饒舌な文体で描かれるのかなと思っていたが、今回の作品も端正な文章で綴られていた。

 

 

第168回芥川龍之介賞の受賞作の予想

個人的な予想だが、第168回芥川賞を受賞するのは井戸川射子の「この世の喜びよ」ではないかと予想。

 

芥川賞の選考会は2023年1月19日に行われ、受賞作が決定する。

選考委員は、小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一という豪華な顔ぶれだ。栄光はどの作品に!