日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

村上春樹のチャンドラーへのオマージュ / 「サウスベイ・ストラット―ドゥービー・ブラザーズ「サウスベイ・ストラット」のためのBGM」 村上 春樹

村上春樹の短編小説の中でも最も異色な小説は何かと言われれば何を思い浮かべるだろうか?

ウイットに飛んだ「ファミリー・アフェア」と答える人がいるかもしれないし、村上春樹では珍しい家族の話を描いた「蜂蜜パイ」と答える人がいるかもしれない。僕はどうかというと、『カンガルー日和』に収録されている短編を答えに挙げるだろう。

それは、「サウスベイ・ストラット―ドゥービー・ブラザーズ「サウスベイ・ストラット」のためのBGM」という短編だ。タイトルが非常に長い。まるで『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』のようだ。ここから「サウスベイ・ストラット」と略して表記する。

「サウスベイ・ストラット」の何が異色かというと、銃撃戦があるハードボイルドな小説に仕上がっているからだ。また、この小説はレイモンド・チャンドラーへのオマージュになっている。この記事では、「サウスベイ・ストラット」がどんな小説なのかというのを紹介したい。ここから下は内容に触れます。

 

 

内容と文体がハードボイルド

さっき書いたように、この小説は『カンガルー日和』に収録されている短編小説の中でもかなり異色だ。舞台は南カルフォニアのサウスベイというところで、私立探偵がある女を探してやってくるところから始まる。

私立探偵は、弁護士に依頼されて若い女を探しにきた。その女は昔その弁護士の元で働いていて、ある日突然姿をくらました。ある個人的な手紙とともに。

その手紙を元に女は弁護士にゆすりをかけたのが全ての始まりだ。弁護士は探偵にその女を依頼するように依頼した。なんだが『羊をめぐる冒険』のようだ。

しかし、弁護士の依頼というのは嘘で、全ては私立探偵をはめるための罠だったのだ。弁護士は真実を知りすぎた探偵に恐れを抱き、抹殺しようとしたのだ。

軽く話をまとめてみたけど、村上春樹にはあんまりないタイプの小説だなと改めて思う。村上春樹作品で銃撃戦が登場するのはこの小説ぐらいじゃなかろうか。

村上春樹特有のウィットもありつつ、文体がドライな印象がある。ハードボイルドで有名なレイモンド・チャンドラーを彷彿とさせるような文体だ。

 

 

タイトルにある「サウスベイ・ストラット」って何?

タイトルの「サウスベイ・ストラット」の意味は何かというと、ドゥービー・ブラザーズ「サウスベイ・ストラット」という曲のタイトルから名前が取られているようだ。ドゥービー・ブラザーズ「サウスベイ・ストラット」の動画は上に貼ってみたので、ぜひ聞いてみてほしい。

サウスベイというのは作中の舞台でもある南カルフォニアの町のことだ。また、strutという単語だが、意味は「気取って歩く」という意味だそうだ。曲を聞いてみたけど、かなり洒落た感じの音楽で、まさに気取って歩くというのが似合う曲だなと思った。

 

 

レイモンド・チャンドラーへのオマージュ

ハードボイルド味があふれる「サウスベイ・ストラット」だが、この小説はハードボイルドで有名なレイモンド・チャンドラーの小説のオマージュになっているのだ。ちなみに、小説の舞台になっている「サウスベイ・シティー」は、チャンドラー作品に登場する「ベイ・シティー」が元になっていたりする。

村上春樹の全集『村上春樹全作品 1979~1989』で村上春樹はこの短編についてこう語っている。

「いちいち断るまでもないだろうが、これはチャンドラーの初期の短編小説に捧げるオマージュである。内容的には何の意味もない。ただの文体の羅列。でも書いている時はけっこう楽しかった」

村上春樹とレイモンド・チャンドラーの縁は深く、村上春樹はレイモンド・チャンドラーの小説をいくつか翻訳している。例を挙げると『ロング・グッドバイ』や『大いなる眠り』などだ。

 

 

内容的には意味がないというが考察してみる

村上春樹全作品 1979~1989』で村上春樹は、この短編に内容はないと語っているが、内容について考察してみようと思う。考察に関して「サウスベイ・ストラット」のプロットに注目してみようと思う。

この小説のプロットだが、弁護士に依頼される→女を探す→実は弁護士(依頼人)が黒幕だったというプロットになっている。「依頼」と「探索」と「依頼者が黒幕」、このプロットどこかでみたことがないだろうか?

そう『羊をめぐる冒険』だ。そういえば、『羊をめぐる冒険』もレイモンド・チャンドラーの『ロンググッドバイ』を彷彿とさせる話だった。『羊をめぐる冒険』も右翼団体の大物から「依頼」を受けて羊を「探索」するという話だった。ハードボイルドは、このようなプロットに収まることが多いのだろうか。

栞の一行

サウスベイ・シティーには雨は殆ど降らない。そこでは死体よりは手押し二輪車の方が丁重に扱われる。