日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

謎解き『1Q84 』 / 『1Q84』というタイトルと小説の構成について

 

社会現象を引き起こした村上春樹の『1Q84』。謎めいたストーリーが話題を呼び、ベストセラーとなった。

『1Q84』には回収されなかった謎が数多く残され、謎解き要素が強い小説だ。今回は『1Q84』というタイトルと構成について的を絞り、謎解き・解釈をしていこうと思う。 

 

 

 

『1Q84』というタイトルはどういう意味?

主人公の天吾と青豆は1984年の世界にいたが、二つの月が浮かぶ別世界に迷い込んでしまう。元の1984年の世界とは異なるという意味で、主人公はその世界を1Q84と名付けている。 これが作中での由来だが、『1Q84』のタイトルの元になった本がある。それは、ジョージ・オーウェルの代表作『1984年』だ。ビッグ・ブラザー率いる党が支配する全体主義的な近未来を描いたディストピア小説の名作だ。村上春樹自身も、この『1984年』を土台に、近過去小説を書きたいという動機があったと述べている。そして気づかれた人もいるだろうが、『1Q84』に出てくる謎めいた存在「リトル・ピープル」の名前はビッグ・ブラザーのオマージュだと言われている。

 

 

1Q84は短編小説から派生した作品!?

カンガルー日和 (講談社文庫)

カンガルー日和 (講談社文庫)

  • 作者:村上春樹
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: Kindle版
 

『1Q84』の物語構造だが、「2人の主人公、天吾と青豆が離ればなれになりながらも、お互いを探し求める」という構造になっている。この物語構造は村上春樹の短編小説から派生したものだ。

ニューヨークタイムズ(2011年10月23日号)のインタビューで、村上春樹が『1Q84』は「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」から派生した小説だと語っている。この短編は、運命の赤い糸によって結ばれているはずだった男女が不運なことから離ればなれになってしまうという話で、『カンガルー日和』という短編集に収録されている。『1Q84』と4月では、「少年と少女が出会い、そして離ればなれになり、お互いを探し始める」という物語構造が共通している。

ちなみに新海誠の大ヒット作『君の名は。』も「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」が元になっていると言われている。新海誠は村上春樹チルドレンと言われるぐらいに村上春樹から影響を受けているので、納得できる話だ。

 

 

1Q84とねじまき鳥クロニクル

『1Q84』の構成だが、『海辺のカフカ』や『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』と同様に二つ(BOOK3では三つ)の話がパラレルに進行する構成となっている。内容的にいうと『1Q84』は『ねじまき鳥クロニクル』と深いつながりがあるように感じられる。 BOOK3で登場する探偵・牛河はもともと『ねじまき鳥クロニクル』に登場するキャラクターだ。『1Q84』と『ねじまき鳥クロニクル』は「大きな物語」と「小さな物語」というキーワードで対比的に読める。

ここでの「大きな物語」というのは、ジャン=フランソワ・リオタールが提示した概念のことだ。大きな物語とは、社会がの世界観と人間観によって社会・文化的コンテキストを維持・正当化するための物語のことをさす。ここでは歴史や社会の大きな流れやイデオロギーといった意味で使用する。『1Q84』はカルト宗教といった社会的なテーマや狂った世界に迷い込むといった「大きな物語」が、天吾と青豆の恋愛という個人的な「小さな物語」に回収されていくという構成になっている。それに対し『ねじまき鳥クロニクル』では、妻や猫の失踪といった個人的な「小さな物語」から、戦争などの歴史的な流れや世界のネジを巻くねじまき鳥など「大きな物語」に回収されていく構成になっている。

このように『1Q84』と『ねじまき鳥クロニクル』では物語の流れ方が逆になっているので、それぞれを対比的に読むとより解釈が深まるかもしれない。

 

 

1Q84の構成と平均律クラヴィア曲集の関係

平均律クラヴィーア曲集 第1巻 プレリュード 第1番 PRAELUDIUM I

平均律クラヴィーア曲集 第1巻 プレリュード 第1番 PRAELUDIUM I

  • マウリッツィオ・ポリーニ
  • クラシック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

クラシックやジャズなど音楽と切っても切り離せない関係がある村上春樹作品だが、『1Q84』の構成にもクラシック音楽が関係している。『1Q84』の構成だが、BOOK1とBOOK2はそれぞれ全24章からなり、青豆と天吾の物語が交互に繰り返されている。この24章が、バッハの平均律クラヴィア曲集の構成を参考にしたと村上春樹がインタビューで回答している。

バッハの平均律クラヴィア曲集はどうなっているかというと、こちらも2巻あり、それぞれが24曲からなっていて、長調と短調の前奏曲とフーガが交互に繰り返された構成となっている。まさに『1Q84』の構成と同じではないだろうか。BOOK3もあるが、こっちはこっちで別のクラシックの構成を参考にしていると言われている。

また作中では、謎の少女「ふかえり」がバッハの平均律クラヴィア曲集が好きだとコメントしてる。

 

 

1q84.shinchosha.co.jp