日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

新海誠に見る村上春樹の影響と共通点

 

美しい情景描写、感傷的なモノローグ、センチメンタルな男女の物語、そしてセカイ系...など、新海誠のアニメ作品は作家性がかなり強い。

独自の路線でアニメを作り続けていていて、『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』、『君の名は。』、『天気の子』などの数々の名作アニメ映画を生み出している。『秒速5センチメートル』あたりで熱狂的なファンを獲得し、『君の名は。』で一躍大衆に知られる存在となった。デビュー作の『ほしのこえ』からセカイ系の作家として論じられてきた。最新作の『天気の子』はセカイ系の枠組みかと思いきや、単なるハッピーエンドでもセカイ系的な枠組みのエンディングでもない新たなエンディングとなっている。

 

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そんな新海誠だが、色んなインタビューなどで村上春樹に影響を受けたと度々語っている。

それもあってか、春樹チルドレンを列挙する中で新海誠の名前があがることが多い。感傷的なモノローグや恋愛の喪失感を描くあたりが村上春樹に似ているように思う。『秒速5センチメートル』は新海誠が注目を集めるきっかけとなった作品だが、恋愛の喪失感や過去の恋愛に囚われた男を描いたという点で村上春樹の『ノルウェイの森』と似たところがある。『秒速5センチメートル』は新海誠版の『ノルウェイの森』と言えるかもしれない。『秒速5センチメートル』では、過去の恋愛を引きずり、感傷に浸る自分に陶酔している姿を、叙情的な映像と村上春樹的なモノローグで極限まで美しく描いている。

新海誠は自ら作品をノベライズしているが、『秒速5センチメートル』の文体は村上春樹の文体に近いものを感じる。タイトルの『秒速5センチメートル』でも英数字を効果的に使っているところがなんか村上春樹っぽい。

 

 

『君の名は。』と村上春樹 

君の名は。

君の名は。

  • 神木隆之介
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 新海誠が大ブレイクするきっかけとなった『君の名は。』にも村上春樹の影響が見られる。『君の名は。』のオープニングシーンでは「何かを探しているが、それがわからない」という喪失感が描かれていたが、僕はこの喪失感に既視感を覚えた。映画を観終わり、余韻に浸っているときに既視感の正体に気づいた。既視感の原因となったのは「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」という村上春樹の短編小説だ。この小説の喪失感によく似ているのだ。

 

 

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」は『カンガルー日和』に収録されている短編小説で、悲劇的な運命の恋を描いた名作だ。この短編は100%の女の子に出会った男の話だ。男はその100%の女の子とのかつての出会いを想像し、互いに失った記憶に思いをはせるのだ。これは『君の名は。』のラストシーンに通じる。運命の人を探すという『君の名は。』のストーリー骨格も「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」と似通ったものがある。新海誠の解説によると、「君の名は。」は「4月のある晴れた朝に〜」がモチーフになっているようだ。お互いに惹かれ合い運命の赤い糸に結ばれた瀧と三葉だが、心を通わせた過去の記憶は失ってしまった。悲しい話だと思いませんか。

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

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他にも村上春樹作品から着想を得たのではないかと思うところがある。 また奥寺先輩の最後のセリフ「幸せになりなさい」は、『ノルウェイの森』でレイコさんがワタナベに告げたセリフだ。ここでのレイコさんは、『君の名は。』の奥寺先輩と同じように主人公にとって年上の女性だ。『ノルウェイの森』では、ワタナベが直子との過去の恋から立ち直り次の一歩を踏み出すことができるようにと、レイコさんが伝えた重要なセリフだ。新海誠も引用していることをインタビューで認めていたと思う。

 

 

村上春樹作品でよく登場するモチーフは「この世」と「あの世」だ。これは日本的な価値観でもあるが、村上春樹作品ではよく登場する。村上春樹作品では「この世」から「あの世」に行きまた「この世」に戻ってくるというのが物語のストーリーラインとしてよく使われている。『羊をめぐる冒険』、『海辺のカフカ』もそんな構造だ。『ノルウェイの森』では直子が死を意味し、緑が生を意味していた。

『君の名は。』でも神社の話の中で、「この世」と「あの世」の要素が使われていた。

 

こんな風に新海誠は村上春樹の影響や要素を作品に取り込んでいる。こういった風に作家のルーツを探ってみるのも面白い。

 

 

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