20世紀半ばのフランス文学界に彗星のごとく現れた文学グループ「ウリポ」。数学的思考と文学的創造性を融合させた彼らの試みは、多くの文学愛好家を魅了するのみならず、現代文学の流れに大きな影響を与えた。ウリポのメンバーの多くは、あらゆる学問をパロディ化した「パタフィジック」を標榜する、コレージュ・ド・パタフィジックの会員でもあった。
この記事では、ウリポの概要、代表的な作家とその作品、そして現代文学への影響について考察していく。
ウリポとは?
ウリポ(Oulipo)は、1960年に数学者フランソワ・ル・リヨネーを筆頭に設立された文学グループである。正式名称は「Ouvroir de littérature potentielle」(潜在的文学工房)。
彼らは、アルフレッド・ジャリやレーモン・クノー、レーモン・ルーセルらの文学を規範とし、言語遊戯的な技法を通して、文学の新たな可能性を追求した。
ウリポの最大の特徴は、制約を課すことでかえって創造性を刺激するという点にある。言葉遊びや数学的規則を用いることで、既存の文学の枠にとらわれない、自由な発想を生み出そうとしたのである。これは、シュルレアリスムの「優美な屍骸」のように、偶然性や共同作業を通して新たな表現を生み出す試みから発展したと言えるだろう。
ウリポの活動内容
ウリポの活動は、多岐にわたる。
新たな創作技法の開発と実践
ウリポのメンバーは、様々な創作技法を開発し、実践した。その代表的なものとしては、以下が挙げられる。
- リポグラム: 特定の文字を使わずに文章を書くという技法である。ジョルジュ・ペレックの『煙滅』は、フランス語で最も使用頻度の高い文字「e」を一切使わずに書かれた小説として有名である。
- S+7: 辞書を用い、文章中の名詞を、その名詞の7つ後の名詞に置き換えるという技法である。動詞や形容詞も置き換える場合もあり、その場合は「M±n」と表記される。
- 百兆の詩篇: レーモン・クノーの作品である。10篇のソネット(14行詩)を1行ずつバラバラにし、読者が自由に組み合わせて新たなソネットを作ることができるというものである。
- 俳諧: 日本の俳句からヒントを得た、レーモン・クノーが提唱した技法である。詩から脚韻以外の部分を削除することで、俳句のような短い詩を生成する。
ウリポを代表する作家
それではウリポを代表する作家を紹介していこう。
レーモン・クノー
基本情報: 1903年2月21日、フランスのル・アーヴル生まれである。パリ大学で哲学を学び、シュルレアリスム運動に参加した後、ウリポの創設メンバーとなる。
クノーは、言葉遊びやユーモアを駆使し、日常の中に潜む非日常や、人間の滑稽さを描くことに長けた作家である。その作品は、実験的でありながら、読者を楽しませるエンターテイメント性も兼ね備えている。文学史における位置付け: クノーは、シュルレアリスムからヌーヴォー・ロマンへの橋渡し的存在として、フランス文学史に重要な位置を占めている。また、ウリポの創設メンバーとして、潜在的文学の発展に大きく貢献した。
代表作の『文体練習』は バスの中で見かけた男について、99通りの異なる文体で描写した作品である。文体によって、同じ出来事が全く異なる様相を呈することを示し、言語表現の可能性を追求した作品として高い評価を得ている。
ジョルジュ・ペレック
1936年3月7日、パリ生まれである。ユダヤ系で、両親をナチスに奪われた経験が、その作品に大きな影を落としている。 ペレックは、言語遊戯、数学的構成、自伝的要素などを巧みに組み合わせ、独自の文学世界を築き上げた。ペレックは、ウリポの代表的な作家として、実験文学の可能性を大きく広げた。その作品は、現代社会に対する批評性も高く評価されている。
ペレックの代表作は『煙滅』である。 フランス語で最も使用頻度の高い文字「e」を一切使わずに書かれた小説である。推理小説の形式をとりながら、不在や喪失といったテーマを扱っている。
イタロ・カルヴィーノ
1923年10月15日、キューバ生まれである。両親はイタリア人で、幼少期にイタリアへ移住する。トリノ大学で文学を学び、ネオレアリズモの作家として出発した後、ウリポに参加する。カルヴィーノは、幻想文学、寓話、歴史小説など、幅広いジャンルを手がけ、軽やかで知的な作風で知られている。代表作には「見えない都市」がある。 東方見聞録をモチーフに、マルコ・ポーロがフビライ・ハンに語る架空の都市の物語である。都市の多様性と、人間の想像力の可能性を描き出した作品である。
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- 木のぼり男爵(1957): ある日突然、木の上に登って暮らすことを決意した男爵の物語である。社会や権力に抗う生き方を描いた寓話的な作品である。
- 文学史における位置付け: カルヴィーノは、20世紀イタリア文学を代表する作家であり、その作品は世界中で翻訳され、高い評価を得ている。
ジャック・ルーボー
- 基本情報: 1932年12月5日、フランスのローヌ県生まれである。作家、詩人、数学者として活動し、ウリポのメンバーである。
- 代表作
- 麗しのオルタンス(1985): パリの古書店を舞台にした推理小説である。メタフィクションの手法や、数学的な構成を用いた実験的な作品である。
- ジャック・ルーボーの極私的東京案内(2011): 山手線沿線を舞台に、東京の風景や文化を独自の視点で描いたエッセイである。
- 環(2020): 幼少期の記憶を、ウリポ的な手法で再構成した自伝的小説である。
- 作家としての特徴: ルーボーは、詩、小説、エッセイなど、様々なジャンルで活躍し、数学的な思考と、文学的な感性を融合させた作品を多く残した。
- 文学史における位置付け: ルーボーは、ウリポの後期を代表する作家として、その活動を継承・発展させた。
4. ウリポに関連する文学賞やイベント
ウリポに関連する文学賞としては、ゴンクール賞が挙げられる。2020年には、ウリポのメンバーであるエルベ・ルテリエの『異常』がこの賞を受賞した。また、ウリポの作品は、様々な文学賞の候補に挙がっている。
イベントとしては、ウリポのメンバーによる講演会やワークショップ、読書会などが開催されている。また、書店などでウリポの作品を集めたフェアが開催されることもある。
5. ウリポの作品に対する批評や評価
ウリポの作品に対する批評や評価は、その実験的な手法ゆえに、賛否両論ある。
5.1. 批評
- 肯定的な評価: 言語表現の可能性を追求し、文学の新たな地平を切り開いた。
- 否定的な評価: 難解で、読者を選ぶ。当初は「遊び」や「技巧過剰」と批判されることもあった。
5.2. 評価
実験的手法が注目されがちなウリポの作品であるが、その根底には、人間の普遍的なテーマや、社会に対する批評精神が流れている。
6. ウリポの現代文学への影響
ウリポは、現代文学に以下のような影響を与えている。
- 実験文学への影響: ウリポの創作技法は、多くの作家に影響を与え、実験文学の発展に貢献した。
- 創作の枠組みの拡張: ウリポは、文学における「制約」を通して、かえって自由な発想を生み出すことを示した。
- 読者への挑戦: ウリポの作品は、読者に、従来の文学の枠組みを超えた、新しい読書体験を提供している。
ウリポは、数学的・機械的な手法を用いることで、文学の潜在的な可能性を追求したグループであった。彼らは、言葉遊びや制約を通して、新たな表現方法を模索し、現代文学に大きな影響を与えた。その作品は、時に難解では あるが、読者に新たな読書体験を提供してくれるとともに、文学の奥深さを改めて認識させてくれる。制約と自由、遊びと真摯さ、相反する要素を共存させ、文学の新たな可能性を追求したウリポの試みは、今後も多くの作家や読者に刺激を与え続けるだろう。
参考文献