村上春樹の作品にはビートルズの楽曲のタイトルが使われているのが多い。例としては、一人称単数に収録されている「With the Beatles」、女のいない男たちに収録されている「イエスタデイ」などが挙げられる。
ビートルズの楽曲がタイトルの元になった村上春樹の作品の中でも最も有名なのが『ノルウェイの森』だろう。作中でもビートルズの「ノルウェイの森(Norwegin Wood)」は重要なモチーフだ。主人公ワタナベを過去の世界に引き戻すアイテムとして「ノルウェイの森」が登場する。
直子との思い出を語り直す時に「ノルウェイの森」が登場するが、「ノルウェイの森」には重要な意味が込められていると思う。そこで「ノルウェイの森」というタイトルにはどんな意味が込められているのか考察を書いてみようと思う。
以下『ノルウェイの森』の結末に触れるので、ネタバレ注意。
作中での「ノルウェイの森」
『ノルウェイの森』は37歳のワタナベが過去を回想する形で進行する。ワタナベがハンブルク空港に到着した際、飛行機のBGMはビートルズの「ノルウェイの森」だった。その曲を聴きワタナベは激しい混乱に陥り、直子・緑と過ごした学生時代のことを回想する。
「ノルウェイの森」は直子との思い出を語る上で重要なアイテムとなる。ワタナベが直子のいる療養所を訪ねた際に、同室のレイコさんが直子のリクエストで弾いたのがBeatlesの「ノルウェイの森」だ。
『ノルウェイの森』の終盤で、直子は自らの命を絶つことを選ぶ。直子の葬儀の後、ワタナベは行くあてもない旅を続けた。それから東京に戻ると、レイコから手紙が届いており、療養所を出ることにしたと書いてあった。ワタナベはレイコさんと再開し、直子の葬式をやり直そうと言い出した。次から次へと知っている曲を弾き、50曲目に2回目の「ノルウェイの森」を弾いた。そのレイコとワタナベは性交をして、直子の葬式を終えた。直子の死から立ち直るための儀式的なセックスだった。
Wikipediaによると、『ノルウェイの森』は「雨の中の庭」というタイトルで書き始められたようだ。このタイトルはドビュッシーのピアノ曲集『版画』の中の一曲「雨の庭」に由来するらしい。題名に迷った村上春樹が妻に作品を読ませて意見を求めると、「ノルウェイの森でいいんじゃない?」という返答があったという。
このように要所要所に『ノルウェイの森』が登場する。Wikipediaによると、『ノルウェイの森』は「雨の中の庭」というタイトルで書き始められたようだ。このタイトルはドビュッシーのピアノ曲集『版画』の中の一曲「雨の庭」に由来するらしい。題名に迷った村上春樹が妻に作品を読ませて意見を求めると、「ノルウェイの森でいいんじゃない?」という返答があったという。
このように作中に登場する「ノルウェイの森」からタイトルが取られているように思えるが、原曲では、タイトルの「ノルウェイの森」にどんな意味が込められているのだろう?
「ノルウェイの森(Norwegian Wood)」の意味は?
「ノルウェイの森( Norwegian Wood (This Bird Has Flown)」は主にジョン・レノンによって書かれた楽曲で、一部はポール・マッカートニーによって書かれている。歌詞を引用してみよう。
I once had a girl
or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian wood
She asked me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair
I sat on a rug, biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said, it's time for bed
She told me she worked in the morning
And started to laugh
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath
And when I awoke I was alone
This bird has flown
So I lit a fire
Isn't it good, Norwegian wood
歌詞の内容としては男女のワンナイトラブを詩的に描いた内容となっている。女と一夜を共にし、夜が明けてみると彼女はどこにもいなかった(This bird has flown)。こんな感じだろう。
歌詞を見てもNorwegian woodというフレーズが唐突に挿入されており、その言葉の意味するところが分からない。このように原題の"Norwegian Wood"が何を意味するか歌詞中に描かれていない。邦訳では、「ノルウェーの森」や「ノルウェー製の家具」などがあるが、「ノルウェイの森」か「ノルウェーの森」が一般的だろう。
Wikipediaの記載によると、大津栄一郎によれば、"wood"という単語は、"the wood"と定冠詞がつく場合以外の単数では森を意味しないという。「森」は語学的におかしく、「ノルウェイ材の部屋」のような訳の方が正しいのではないかとしているようだ。一方で、「ノルウェーの森」の方がタイトルとしてははるかに良いということも述べている。
また、村上春樹もビートルズの「Norwegian Wood」の意味について面白い説を紹介している。この話は『村上春樹 雑文集』に収録されている「ノルウェイの木を見て森を見ず」というタイトルのエッセイに書かれている。
そのエッセイでは、"Knowing she would"(オレは彼女がそうすると(俗的に言えば「ヤらせてくれる」と)知って(思って)いた)という言葉の語呂合わせとして、"Norwegian Wood"とした、という説を紹介している。
このノルウェイの森のタイトルの意味ついてはビートルズファンの間で議論が絶えないところだと思うが、今回は村上春樹の作品を読み解くことが目的なので、村上春樹が提唱するKnowing she would説を採用して考えてみようと思う。
ワタナベは何を知っていたのだろうか (Knowing she would)
村上春樹が提唱する説をもとに考察してみよう。Norwegian Wood=Knowing she wouldだとすると、誰かが彼女が何かをすることをあらかじめ知っていたということになる。ここからは特に根拠がないけれど、自分の考えを書いていこうと思う。その誰かは、主人公のワタナベだろう。ではワタナベは何を知っていたのだろう?Sheとは誰だろう?
『ノルウェイの森』には重要な女性キャラクターが二人いる。直子と緑だ。その二人で考えると、直子であるように思える。特に根拠はないけれど。
ワタナベが知っていた直子がしそうこと、それは自殺だろう。セックスというのも考えられるが(ワタナベは直子がやらせてくれると知っていた)。直子はワタナベとセックスをすることで、自らの心の傷を深めていく。なぜ愛していたキヅキとはセックスできなかったのだろうかと。
ワタナベは、直子が自殺することを薄々感じていたのではないかと思う。キヅキが死んだ時点で、直子は死ぬべきだったのかもしれない。限りなく死の側にいた直子を、死者の国にいるキヅキに送り届けるのがワタナベの役割だったのではないか。Norwegian Woodを聴きながらふとそう思った。
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