日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

小説で今年を振り返る!2022年話題になった小説まとめ

2022年もあと少しで終わる。

年初には新型コロナの流行が収まって回復の年になるかと思っていたが、蓋を開けてみればロシアのウクライナ侵攻や安倍元首相の殺害事件と混迷の一年となった。また、各国でインフレが止まらず、日本においては円安が止まらなくなり生活が苦しくなる辛抱の一年だった。

来年こそは良い一年になってほしい。来年の年末には笑顔で良い一年だったねと言える一年になればいいなと思う。

 

混迷を極めた2022年だが、話題になった小説で振り返ってみたいと思う。芥川賞や直木賞、三島由紀夫賞、本屋大賞の受賞作や候補作など、話題になった小説をまとめてみた。

 

 

 

 

 

『ブラックボックス』 / 砂川 文次 

自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。 自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。

年明けの芥川賞を受賞して話題になったのが、砂川文次の「ブラックボックス」だ。砂川文次という作家といえば自衛隊を描いたミリタリー小説の印象が強いのだが、「ブラックボックス」という小説は現代の格差社会を描いた自転車便メッセンジャーが主人公の小説だ。小説の前半と後半で大きく雰囲気が変わるのが特徴になっている。

前半部分では、主人公サクマが自転車で街を駆ける様子が緻密な文章で躍動感を持って描かれている。非正規雇用という立場の不安定さを悩み焦燥感を抱くサクマだが、日々の業務をこなす中では今後の未来を思い描く余裕がなく、非正規雇用から抜け出せずにいる。新型コロナが雇用に与える影響や、Uber eatsなどの新しい雇用体系を描くなど、現代の日本社会を色濃く反映した作品になっている。

後半部分は前半部分と打って変わって、大きな展開がある。ネタバレになるので詳しくは書けないが、前半と後半の対比やサクマにとっての「ブラックボックス」は何か?と読み応えがある部分だ。

 

 

『黒牢城』 / 米澤 穂信 

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。

第166回直木賞を受賞したのが、米澤穂信の『黒牢城』だ。戦国時代を舞台に、黒田官兵衛が城内の難事件の解決に挑む歴史✖️ミステリ小説だ。

直木賞だけではなく、第12回山田風太郎賞、『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編第1位、週刊文春ミステリーベスト10国内部門第1位、「ミステリが読みたい! 2022年版」国内篇第1位 、『2022本格ミステリ・ベスト10』国内ランキング第1位、「2021年歴史・時代小説ベスト3」第1位と色んな賞を総ナメにした話題作だ。

 

 

『同士少女よ、敵を撃て』 / 逢坂 冬馬  

「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。

2022年の本屋大賞を受賞した話題作が、逢坂冬馬の『同士少女よ、敵を撃て』だ。ある意味今年に起こった出来事を象徴している小説と言ってもいいかもしれない。第二次世界大戦における転換点・独ソ戦の中で、狙撃手として生きた女性を描いた作品だ。

この小説はロシアのウクライナ侵攻が起こる前に書かれた本である。図らずもウクライナ侵攻が起こった今年に本屋大賞を受賞することになった。

 

 

『赤と青とエスキース』 / 青山 美智子  

メルボルンの若手画家が描いた一枚の「絵画(エスキース)」。日本へ渡って三十数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく。二度読み必至! 仕掛けに満ちた傑作連作短篇。

2022年本屋大賞2位だったのが、青山美智子の『赤と青のエスキース』だ。 1枚の絵をめぐる奇跡を描いた連作短編集だ。二度読み必至の企みに満ちた作品でもある。

 

 

『スモールワールズ』 / 一穂  ミチ  

夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。

一穂ミチの『スモールワールズ』は、やるせない思いを抱えながら日々を過ごしている人々にスポットライトを当てた連作短編集だ。2022年本屋大賞では3位となっている。

 

 

『残月記』 / 小田雅久仁   

残月記

残月記

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近未来の日本、悪名高き独裁政治下。 世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。

 

 

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 /  川本 直 

トルーマン・カポーティ、ゴア・ヴィダル、ノーマン・メイラーと並び称された、アメリカ文学史上に燦然と輝く小説家ジュリアン・バトラー。 その生涯は長きにわたって夥しい謎に包まれていた。 しかし、2017年、覆面作家アンソニー・アンダーソンによる回想録『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』が刊行され、遂にその実像が明らかになる――。

ジュリアン・バトラーの真実の生涯』は、川本直のデビュー作だ。そして、デビュー作でベテラン向けの文学賞・読売文学賞を受賞したというド級の作品だ。

その構成は複雑で、アンソニー・アンダーソンという作家の遺作となった回想録『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』を、川本直が翻訳したという設定になっている。

 

 

『六人の嘘つきな大学生』 / 浅倉 秋成  

成長著しいIT企業「スピラリンクス」の最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

 

 

『N/A』 / 年森 瑛  

N/A (文春e-book)

N/A (文春e-book)

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松井まどか、高校2年生。うみちゃんと付き合って3か月。体重計の目盛りはしばらく、40を超えていない。――「かけがえのない他人」はまだ、見つからない。優しさと気遣いの定型句に苛立ち、肉体から言葉を絞り出そうともがく魂を描く、圧巻のデビュー作。

第167回芥川賞候補作の中で話題作だったのが、年森瑛「N/A」だ。今年度の文學界新人賞を選考委員が満場一致で受賞を決定した作品だ。

人は何でもかんでも分類したがると歌ったSEKAI NO OWARIの「Habit」が流行したが、「N/A」で描かれているのは安易なカテゴライズへの違和感だ。主人公の松井まどかは、女子校に通う高校生だ。まどかには「うみちゃん」と言う彼女がいる。まどかは「LGBT」と言うカテゴライズに違和感を覚え嫌っているのだが、周囲にはそういうカテゴライズをされてしまう。まどかは世間的に正しいとされる紋切り型の言い回しが好きではなかった。

しかし、友人の祖父が新型コロナにかかってしまった時には、まどかは当たり障りのない言葉をGoogle で検索し、自分の言葉で友人に語りかけることができずにいた。

この作品には、世間で氾濫する様々なカテゴライズが登場する。私たちはそのカテゴライズには従い、世間的に正しいとされる言葉を探し、喋ってないだろうか?

 

 

おいしいごはんが食べれますように』 / 高瀬 隼子  

心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。

高瀬隼子の「おいしいごはんが食べれますように」は、第167回芥川賞を受賞した作品だ。

この小説の面白いところは、主人公の二谷が「おいしいごはんが食べれますように」とは1ミリも思っていないところだ。この小説では二谷と、職場の・芦川、押尾という二人の女性との奇妙な三角関係が描かれている。芦川はよく体調を崩し、その仕事をフォローするのは二谷と押尾だった。けれども、気遣いされるのは芦川ばかりで、押尾はやるせない思いを抱えていた。一方、二谷は芦川と付き合っていたのだが、どうしても相容れない点があった。それは食へのこだわりだ。芦川は美味しい料理が好きで自分でも料理をよく作り振る舞っていた。それに対して二谷は食事をエネルギー補給ぐらいにしか思っておらず、コンビニ飯やカップ麺があるのだからわざわざご飯を作らなくてもいいんじゃないかと思っている。

この小説で描かれているのは、食事への違和感だ。「美味しい食事を食べるのが一番」、「人と一緒に食べる食事は美味しい」といった世間的な共通認識に中指を立て、世間の同調圧力に異義を唱えている。おすすめの小説だ。

 

 

『夜に星を放つ』 / 窪 美澄 

かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。

窪美澄の『夜に星を放つ』は、第167回直木賞を受賞した作品だ。心に傷を負った人々の回復を描いた短編集だ。

 

 

『スタッフロール』 / 深緑 野分 

戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ。脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。CGの嵐が吹き荒れるなか、映画に魅せられた2人の魂が、時を越えて共鳴する。

 

 

『ブロッコリー・レボリューション』 / 岡田 利規  

泣いているのはたぶん、自分の無力さに対してだと思う。演劇界の気鋭が描くこの世界を生きるわたしたちの姿。15年ぶり待望の小説集。

3月の五日間などの作品で知られる岡田利規の待望の小説集が『ブロッコリー・レボリューション』だ。表題作の「ブロッコリーレボリューション」は三島由紀夫賞を受賞している。

 

 

『教育』 / 遠野 遥 

教育

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『小隊』 / 砂川 文次 

 元自衛官の新鋭作家が、日本人のいまだ知らない「戦場」のリアルを描き切った衝撃作。 北海道にロシア軍が上陸、日本は第二次大戦後初の「地上戦」を経験することになった。自衛隊の3尉・安達は、自らの小隊を率い、静かに忍び寄ってくるロシア軍と対峙する。そして、ついに戦端が開かれた――。

今年に文庫化された話題作として、砂川文次の「小隊」をあげたい。「小隊」は組織の不条理を描いた戦争小説だ。「小隊」は、北海道にロシア軍が上陸し、日本の自衛隊と衝突するという架空の戦争を描いている。まるでロシアのウクライナ侵攻を予見していたような小説だ。

まず著者が自衛隊出身ということもあってか、小説のリアリティに圧倒される。専門用語が頻繁し、読んでいる自分も自衛隊として戦場にいるかのような錯覚を抱く。映画で例えたらクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』のようだ。

軍事的なことは僕自身よく分からないのだけれど、「小隊」で描かれているロシアの攻め方はかなりリアリティがあるらしい。戦争が始まるぞ!みたいな開戦ではなく、静かに開戦していく様は妙にリアルである。ロシアのウクライナ侵攻が起こった今、この小説がものすごく現実味を帯びてくる。実際の戦争もこんな感じで始まるのか。

 

 

『地図と拳』 / 小川 哲  

ひとつの都市が現われ、そして消えた。日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。

満洲を舞台に架空の都市を描いたのが小川哲の『地図と拳』だ。日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川、ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ、叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空など様々な人生が交錯する。

 

 

『俺ではない炎上』 / 浅倉 秋成   

ある日突然、「女子大生殺害犯」とされた男。 既に実名・写真付きでネットに素性が曝され、大炎上しているらしい。 まったくの事実無根だが、誰一人として信じてくれない。 会社も、友人も、家族でさえも。 ほんの数時間にして日本中の人間が敵になってしまった。 必死の逃亡を続けながら、男は事件の真相を探る。

SNSでの炎上という現代的なテーマを扱い話題になったのが、浅倉秋成の『俺ではない炎上』だ。ある日突然、「殺害犯」としてSNS上で祭り上げられた男の逃避撃と真相の究明が描かれている。非常にスリリングで、刺激的な小説だ。

 

 

『#真相をお話しします』 / 結城 真一郎 

本書収録「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞。そして今年、第22回本格ミステリ大賞にノミネートされるなど、いま話題沸騰中の著者による、現代日本の〈いま〉とミステリの技巧が見事に融合した珠玉の5篇を収録。

現代の世相を反映したミステリとして話題になったのが、結城真一郎の『#真相をお話しします』だ。収録されている「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞するなどミステリの切れ味も抜群だ。

 

 

『この部屋からは東京タワーは永遠に見えない』 / 麻布競馬場  

東京に来なかったほうが幸せだった?Twitterで凄まじい反響を呼んだ、虚無と諦念のショートストーリー集。

 

 

『狭小邸宅』 / 新庄 耕  

学歴も経験も関係ない。すべての評価はどれだけ家を売ったかだけ。大学を卒業して松尾が入社したのは不動産会社。そこは、きついノルマとプレッシャー、過酷な歩合給、挨拶がわりの暴力が日常の世界だった…。物件案内のアポも取れず、当然家なんかちっとも売れない。ついに上司に「辞めてしまえ」と通告される。

 

 

『方舟』 / 夕木 春央  

方舟

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大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。

2022年下半期で最も話題になっていたミステリは夕木春央の『方舟』だと思っている。「週刊文春ミステリーベスト10」&「MRC大賞2022」をダブル受賞したミステリだ。SNS上でもかなり話題になっていて、完成度を賞賛するツイートをよく見かけた印象だ。

 

 

『爆弾』 / 呉 勝浩  

爆弾

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些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。警察は爆発を止めることができるのか。

呉勝浩の『爆弾』は、第167回直木賞候補作にもなったミステリだ。『このミステリーがすごい! 2023年版』、『ミステリが読みたい! 2023年版』国内篇で2冠を達成した話題作だ。

 

 

『光のとこにいてね』 / 一穂 ミチ 

古びた団地の片隅で、彼女と出会った。彼女と私は、なにもかもが違った。着るものも食べるものも住む世界も。でもなぜか、彼女が笑うと、私も笑顔になれた。彼女が泣くと、私も悲しくなった。彼女に惹かれたその日から、残酷な現実も平気だと思えた。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一瞬の幸せが、永遠となることを祈った。どうして彼女しかダメなんだろう。どうして彼女とじゃないと、私は幸せじゃないんだろう……

 

 

『しろがねの葉』 / 千早 茜 

戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。

 

 

『汝、星のごとく』 / 凪良 ゆう 

風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。

凪良ゆうの『汝、星のごとく』は、第168回直木賞など数多くの文学賞やランキングで上位にノミネートされた話題作だ。瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂の約15年間を描いた小説だ。

 

 

『すずめの戸締まり』 / 新海 誠   

九州の静かな港町で叔母と暮らす17歳の少女、岩戸鈴芽。ある日の登校中、美しい青年とすれ違った鈴芽は、「扉を探してるんだ」という彼を追って、山中の廃墟へと辿りつく。しかしそこにあったのは、崩壊から取り残されたように、ぽつんとたたずむ古ぼけた白い扉だけ。何かに引き寄せられるように、鈴芽はその扉に手を伸ばすが……。

 

 

『月の満ち欠け』 / 佐藤 正午 

あたしは、月のように死んで、生まれ変わる―この七歳の娘が、いまは亡き我が子?いまは亡き妻?いまは亡き恋人?そうでないなら、はたしてこの子は何者なのか?三人の男と一人の女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく、この数奇なる愛の軌跡。