日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

新海誠へのオマージュに満ちた青春アンソロジー /『詩季折々』

失いたくない思い出を抱えた若者たちの青春アンソロジー


『詩季織々』 予告篇

スタジオジブリを率いる宮崎駿監督は世界に大きな影響を与えてきた。今では宮崎駿監督に続いて、新しい才能がどんどん頭角を現している。その一人が新海誠だ。

美しい情景描写や詩的なモノローグで若者の繊細な心情を描く新海作品は、多くの人の支持を集めてきた。最近では『君の名は。』を大大大ヒットさせたのが記憶に新しい。

 

その新海誠の影響は日本だけにとどまらない。この『詩季折々』は、新海誠に影響を受けた中国のリ・ハオリン(李豪凌)監督がコミックス・ウェーブ・フィルムに熱烈なオファーを送り続けたことで実現した短編アンソロジー映画だ。『陽だまりの朝食』、『小さなファッションショー』、『上海恋』の3つの短編から成り立っている。3つの短編はそれぞれ別の監督が担当し、中国の暮らしの基となる「衣食住行」をモチーフとして、かけがえのない思い出や気持ちを抱え大人になった中国の若者たちを描いている。

『詩季折々』で描かれているのは、大切にしていた感情が失われてしまったという喪失感、懐かしい思い出への甘美なノスタルジー、そして喪失感に耐えながらも大切な思い出を抱えて前に歩き出す若者の姿だ。そこに国籍や国境は関係ない。この『詩季折々』を観ていると、『秒速5センチメートル』が思い浮かんできた。 『秒速5センチメートル』で描かれていた感情の揺れ動きや淡い初恋への郷愁、そして喪失感が『詩季折々』にもあった。

感鮮烈な情景描写に、感傷的なモノローグ、恋愛の淡い思い出と、どの作品にも新海作品へのオマージュが感じられる。ただオマージュが強すぎるんじゃないかなと思うところが多々あった。新海誠作品の中でも、『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』のような散文的な作品が好きな人にはオススメ。オリジナルの作風の作品を楽しむよりは、新海誠へのオマージュを楽しむ映画かな。

 

 

 陽だまりの朝食

北京で働く青年シャオミンは、ふと故郷・湖南省での日々を思い出す。子供時代の思い出の傍らには、いつも温かい、心のこもったビーフンの懐かしい味があった。そんな中、シャオミンの祖母が体調を崩したとの電話が入る。

監督は実写映画出身でアニメ初挑戦となるイシャオシン(易小星)監督。物語は、シャオミンの三鮮米粉(さんせんビーフン)にまつわる思い出が軸となって綴られる。シャオミンは、漠然と過ぎていく日々の中で心がすり減っていくのを感じていた。この辺りは『秒速5センチメートル』の三章の貴樹を彷彿とさせる。

そんなシャオミンの心に潤いをもたらしてくれたのは、幼いころにおばあちゃんと食べた三鮮米粉に関する思い出だ。三鮮米粉にはシャオミンの思い出が染みついていた。おばあちゃんと過ごしたい中での思い出、淡い初恋の記憶。大人になるにつれて忘れかけてしまった思い出が、シャオミンに再び歩き出す力を与えてくれる。

 

 

小さなファッションショー

広州の姉妹、人気モデルのイリンと専門学校生のルル。幼くして両親を亡くした2人は、共に助け合いながら仲良く一緒に暮らしていた。しかし、公私ともにうまくいかなくなってきたイリンがルルに八つ当たりしたことから、2人の間に溝ができてしまい…。

 CGチーフとして長年に渡り新海誠作品を支え続けてきた竹内良貴が監督を務めている。物語の舞台は中国のアパレル産業の中心地・広州。モデルのイリンは妹と喧嘩したり、モデル業に挫折しながらも、家族に支えられて前に歩き出していく。

 

 

 

上海恋

1990年代の上海。石庫門に住むリモは、幼馴染のシャオユに淡い想いを抱きながら、いつも一緒に過ごしていた。しかし、ある事がきっかけとなり、リモは石庫門から出ていき、お互いの距離と気持ちは離れてしまう。そして現代、社会人になったリモは、引っ越しの荷物の中に、持っているはずのないシャオユとの思い出の品を見つけるのだった…。

この『上海恋』は、『秒速5センチメートル』を観て新海誠監督に憧れたリ・ハオリン監督が担当している。 それもあってか、この『上海恋』は『秒速5センチメートル』へのオマージュと言える男女のすれ違いの物語となっている。

舞台は1990年代の上海。石庫門に住むリモは、幼馴染のシャオユ(漢字で書くと小雨)に淡い恋心を抱いていたが、伝えられずにいた。とあることからリモとシャオユはカセットテープに声を吹き込んで、テープのやり取りをするようになる。『秒速5センチメートル』で貴樹と明里が手紙でやり取りをするように。『上海恋』ではカセットテープやCDプレーヤーといった音楽再生機器が、リモとシャオユの心の距離を象徴しているように思える。このカセットテープというのがノスタルジーをかきたてる。ここでテープの裏に書かれている小雨転耕というのは「きっといいことあるよ」という意味。シャオユを漢字で書くと小雨と書くので、シャオユは小雨に続けて漢字を書き足して励ましの言葉にしたのである。

しかし、高校受験がきっかけとなり、リモとシャオユのお互いの距離と気持ちは離れてしまう。そこには悲劇としか言いようのない二人のすれ違いがあった...高校になってもリモとシャオユは会っていたけれど、心の距離は大きくなっていた。シャオユがカセットテープを使い続けている一方で、リモはカセットテープではなくCDプレーヤーを使うようになっているいるところに二人の心の距離が象徴されているように思える。

そして、社会人になったリモは仕事に行き詰っていて、心機一転するために引っ越しをする。引っ越しの荷物を整理をしていると、シャオユとのやり取りに使っていた思い出のカセットテープを見つける。そのテープにはシャオユのメッセージが吹き込まれていたが、リモは聞けずにいた。リモは閉ざしてしまったシャオユとの恋の続きを求めて、昔住んでいた石庫門にラジカセを探しに行く。

久しぶりに戻った石庫門には、幼いころシャオユが躓いた舗装の裂け目が残っていた。その裂け目は二人の関係に入ったひび割れのよう。リモはシャオユのメッセージを聞き、衝撃の事実を知ることになる。リモは大切な者を自ら失ってしまったのだ。

過去の恋を「思い出」に変えたリモは新しい一歩を踏み出した。リモは石庫門の再開発プロジェクトを手掛けていた。工事が終わった石庫門には、あの裂け目はなく綺麗に舗装されていた。最後には、リモのもとにシャオユが訪れるのであった。そして主題歌の『walk』が流れる。リモとシャオユの間の恋は思い出に変わり、新しい関係性が始まるように思えた。リモは前に歩き出すことが出来たのだ。明里への恋を「思い出」に変えた『秒速5センチメートル』の貴樹のように。

 

 

大切な思い出を抱えて、また歩き出す

 エンドロールが終わった後にも続きがある。それぞれ歩き出した主人公の人生が空港で交差する。主人公たちはそれぞれ大切な思い出を抱えて、新しい一歩を踏み出していくのだろう。かけがえのない思い出や過去への郷愁は「心の故郷」で今を生きる力を与えてくれる、そんなことを『詩季折々』は思い出させてくれた。

 

 

ビッケブランカの主題歌も良い!


ビッケブランカ『WALK (movie ver.)』(Official Music Video) ※アニメーション映画『詩季織々』主題歌

 

新海誠作品に欠かせないのが作品世界にマッチした主題歌の存在だ。秒速5センチメートル』では山崎まさよしの『one more time, one more chance』が、『君の名は。』ではRADWIMPSの『夢灯篭』・『前前前世』・『スパークル』・『なんでもないや』が作品の魅力を何倍にも引き上げていた。この主題歌の存在が新海作品を特別なものに仕上げている。この『詩季折々』でもビッケブランカの『walk』が作品に彩りを加えている。また『walk』が流れるタイミングが絶妙なのだ。大切な思い出を抱えて、前に「歩き出した」主人公たちにとって『walk』ほどピッタリな曲はないだろう。

 

 

 

【おまけ】パンフレットが可愛い

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『詩季折々』のパンフレットを買ってみたのだけれど、カセット風になっていた。

 

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裏面には「小雨転晴」の文字が!忠実に映画を再現している。

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 カセットテープを模したケースには2つ小冊子が入っていた。製作秘話やインタビューが載っていて、作品をより深く理解することができるのでおススメです!

 

 

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