日々の栞

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資本主義の勝ち組の憂鬱 / 『キャピタル』 加藤 秀行

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『キャピタル』は、タイトルのCapital(資本)が暗示するように、グローバル資本主義の競争原理を色濃く反映した小説だ。この小説が描くのは、グローバル資本主義における勝ち組の憂鬱だ。勝ち組にも憂鬱はあるのだ。文学といえば弱者の視点で描くことが多く、資本主義の勝ち組の視点で描くと言うのは珍しいと感じる。作者の加藤秀行は戦略コンサルに勤めていることも理由の一つかもしれない。

資本主義社会においては、ピケティが指摘したr>gという不等式に象徴されるように、資本側の人間が莫大な富を手にする。資本が資本を生む資本主義のサイクルは勝ち組と負け組の分断を産み、今もなお格差は広がり続けている。資本主義によって生まれた貧困や労働者の搾取は文学によって描かれてきた。プロレタリア文学の『蟹工船』がそうだ。これはいってみれば、資本主義で恩恵を得れない負け組側の文学だ。

これに対して『キャピタル』は、戦略コンサルというグローバル資本主義の最前線で戦う主人公の「勝ち組なりの憂鬱」を描いている。この視点は、文学にとって新しいなと感じる。「結果を出さないと生き残れない」という厳しい競争社会を生き抜き、高給を得ている彼らにも「勝者なりの苦労」があるのだ。この小説の根底には「市場で評価されるものしか生き残れない」という残酷な競争原理が流れている。

全体的な雰囲気や文体は非常に村上春樹に近い。曖昧な表現や、〇〇的という言い回し、ウィットに富んだ表現など、春樹チルドレンといってもいいほど村上春樹的な表現が多い。さらに双子まで登場する。村上春樹マッキンゼーに入っていたらこんな小説を書いていたであろうか。

また、『キャピタル』のストーリー自体も村上春樹の『羊をめぐる冒険』のストーリーをなぞったものだ。蓮實重彦が『小説から遠く離れて』で指摘したような、依頼と代行の物語だ。村上春樹要素が多い『キャピタル』ではあるが、小説の根底にある「市場で評価されるものしか生き残れない」というサバイブ意識がこの小説に加藤秀行らしさを与えている。

羊をめぐる冒険』を参考にして『キャピタル』を読み解いて行こうと思う。

 

 

コンサルの憂鬱

主人公の須賀は戦略コンサルに7年間勤めており、勤続の褒賞として1年間の一時休養を取っている。休暇の間、須賀は時間を持て余しており、須賀に持ち込まれる雑用、本文の言葉を借りれば「戦略的ゴミ捨て」、を請け負っていた。須賀にとって、1年間の一時休養はある種のモラトリアムであった。休暇の後にファームに戻るか戻らないか、須賀は日々の空虚さに悩み、決めかねていた。『キャピタル』は主人公・須賀のモラトリアム小説でもあるのだ。コンサルがモラトリアムで悩むというのはなかなか新鮮だ。あまりイメージがない。

 

須賀は7年間コンサルティングファームに勤めていたこともあり、資本主義の冷徹なルールを叩き込まれている。例えば、コンサルに入社した当初、須賀は先輩の高野にこう言われる。

 

「全部事実なんだ。隠すつもりもない。俺が残酷なわけではない。ファームが残酷なわけでもない。選ぶやつがいて、選ばれるやつがいる。扉を閉めたら選ばれないやつだけが残っている。選ばれないまま檻の中にいたらどこかで殺処分になる。だから不安になる気持ちはわかる。だがな」

 

このような「市場に評価されなければ生き残れない」というグローバル資本主義の競争原理が 須賀の価値観として叩き込まれている。須賀はこの行動原理に従い、プロジェクトをこなしていく。ただ市場に必要とされるために。

バンコクで時間を持て余した生活を送っていた須賀だが、かつての上司高野から依頼を受ける。その依頼というのが、高野が務めるファンドへの就職を辞退したタイ人女性・アリサから辞退した理由を聞いて欲しいというものだ。ここに「依頼と代行の物語」が顔を出す。

 

 

依頼と代行という物語の骨格

  かつて蓮實重彦は、『小説から遠く離れて 』で、『羊をめぐる冒険 』と『同時代ゲーム』、そして同時代に書かれた『コインロッカー・ベイビーズ』 などの小説にはすべて同じ物語構造があると指摘した。その物語構造が、「依頼と代行」 による 「宝探し」の物語だ。これらの小説の物語の構造は 「依頼」→「代行」→「出発」→「発見」の流れをとる。

『キャピタル』においてもその物語の流れを踏襲している。須賀が高野から依頼を受け(依頼)、須賀はアリサに会いにいく(代行)。そして、アリサから家族のことについて聞かされる。アリサの家族は会社を経営しており、母や父、姉はすでに死んでいた。また、姉は不思議な力を持っており、その力のおかげで一族は「資本」を守ってきた。アリサが交通事故を起こし内定を辞退した理由はここにあった。すでに亡くなった姉がアリサにファンドに行ってはいけないと忠告したのだ。

だが真相はこれだけでない。『羊をめぐる冒険』がそうであったように、依頼者が黒幕であった。実は高野はアリサと付き合っていた。内定を辞退したと同時に別れ話も切り出されていたのだ。理由がわからなかった高野は須賀に依頼することにした。それだけではなく、高野はアリサの会社を買収対象として狙っていた。会社を狙ってアリサに近づいたことが示唆されている。須賀は高野の手の平の上で踊っていただけなのだ。

須賀がモラトリアムからどのように離脱するかは書き込まれずに終わる。空虚な霞が関の中心で須賀は何を思ったのか。

 

 

 
キャピタル

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作者へのインタビュー記事

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