森鴎外の『舞姫』といえば、知識人(エリート)の挫折と苦悩を描いた名作だろう。
高校国語で勉強するので、大抵の人は読んだことがあるはずだ。
ドイツでエリスと恋に落ち、エリスに子どもを身篭らせるも、ついにはエリスを捨てて日本に帰国した豊太郎には賛否が分かれるだろう。いや、否定の方が圧倒的に多いか。
文学作品には女性の妊娠が鍵となる小説が数多く描かれている。文芸評論家の斎藤美奈子の言葉を借りれば「妊娠小説」だ。森鴎外の『舞姫』は日本の「妊娠小説」の系譜の祖と言えるような小説だ。
また文章が文語体で書かれているのも特徴で、読むに苦労した人も多いことだろう。筆者は高校の時に現代文の授業で「舞姫」を受けたのだが、「どう考えても古典の授業で扱う内容だろ」と心の中で悪態をついた記憶がある。
森鴎外の『舞姫』だが、色々な出版社から文庫本が発売されている。
例を挙げてみると、新潮文庫、岩波文庫、ちくま文庫と3つの出版社から文庫本が販売されている。
「内容は『舞姫』なんだからどれも同じじゃないのか」と思うかもしれないが違うのだ。
表紙・解説の内容が違っていて選ぶ余地があるのだ。
僕としては新潮文庫とちくま文庫の二冊を持っている。
森鴎外などの文豪の作品は主に新潮文庫で集めているので、統一性のために新潮文庫で買ったのだ。
ただ、解説の内容でいくとダントツでちくま文庫版を推したい。それも現代語訳版だ。
これまでに夏目漱石『こころ』や中島敦『山月記』でも解説の良さからちくま文庫版を推してきた。今回も同様にちくま文庫版を推したい。そろそろ筑摩書房の回し者だと思われ始めているだろうか。
まずこのちくま文庫の現代語訳版『舞姫』だが、現代語訳で書かれているので非常に読みやすい。文語体で書かれているが故に森鴎外「舞姫」に挫折してしまった人にも再入門としておすすめしたい。
また、この文庫には森鴎外『舞姫』研究における革新的な論文が収録されている。その論文とは、前田愛の「BERLIN1888」だ。この論文は主人公豊太郎の心情とベルリンの街並みをリンクさせて読むという内容だ。文学作品に都市論の解釈コードを当てはめて読解するやり方だ。これがなかなか斬新なのである。
前田愛 の「BERLIN 1888」という論文は、『都市空間のなかの文学』という本に収録されている。こちらの本も筑摩書房から出版されている。