日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

概念を奪い取る宇宙人の侵略 / 『散歩する侵略者』 前川 知大

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真治と鳴海の夫婦は、ちいさな港町に住んでいる。亭主関白ぶって浮気する真治、気づかないふりで黙っている鳴海。だが真治が、3日間の行方不明ののち、まったく別の人格になって帰ってきた。「真ちゃん」と呼ばせてくれる新しい真治と、鳴海はやりなおそうと思った。だが静かに、町は変容していく。“侵略者”が、散歩しているから。地球侵略会議はファミレスで。鳴海と真治の夫婦、そして侵略者の物語。

 宇宙人の侵略と言われたらどんなものを思い浮かべるだろうか?ほとんどの人が『宇宙戦争』や『インディペンス・デイ』のように、武力での侵略を思い浮かべるだろう。だが、『散歩する侵略者』という小説はちょっと違う。この小説も宇宙人の侵略を描いた小説だが、武力によって侵略する話ではない。概念を奪うことから侵略を開始するのだ。

散歩する侵略者』は前川知大による舞台作品だ。前川知大自身が小説化している。 タイトルだが、「散歩する」と「侵略者」という一見すると繋がりが見えない言葉の組み合わせがいい。

概念を奪うことによる侵略とはどんなものだろう?

 

 

夫が別人格になって帰ってきた

物語は、行方不明になっていた鳴海の夫・真治が帰ってくるところから始まる。鳴海は真治が以前とは全く違う人格になっていることに気づく。鳴海は真治と結婚生活を送っていたが、真治の浮気もあり、夫婦関係は冷え込んでいた。それもあってか、人格が変わってしまった真治とならやり直せるのではないかと思う。帰ってきた真治は、小学生のようになっており、いちいち言葉の意味をしつこく聞くようになっていた。最初は戸惑っていた鳴海だが、言葉の意味を吸収し「真治」はどんどん成長していく。それに伴い、町では不思議な事件が多発する。

一方、フリージャーナリストの桜井は一家惨殺事件を調べる中で天野と名乗る不思議な少年と出会う。天野は自らを「宇宙人」だと名乗り、概念調査に協力するガイドにならないかと桜井を誘う。桜井はそれを了承し、ガイドとして天野に協力する。地球侵略会議はファミレスで。

天野は「概念」を集めると称して、道ゆく人に話しかける。そして、言葉の概念をイメージしてもらったところで、その概念を奪い取るのだ。概念を奪い取られた人は涙を流し、それ以降奪われた「概念」について理解することができなくなってしまう。例えば、「家族」という概念を奪われた人は、「家族」が何か理解できなくなり、なんで同じ家に住んでいるのかを疑問に思ったりする。

こんな方法で、天野や真治は「概念」の収集を散歩がてら行う。散歩する侵略者だ。概念を奪うことから侵略を開始するのだ。町には、「概念」を抜かれた人で溢れ、混乱が静かに広がっていく。

 

 

言語論で考える概念と言葉の関係

ここで概念と言葉の関係を考えてみよう。言語と概念の関係性の考え方には大きく分けて二種類ある。

一つ目が概念やものが最初に存在し、言葉は後から付けられるラベルのようなものだと考える方法だ。『散歩する侵略者』ではこちらの解釈で話を進めている。作中で例が挙げられるように、和英辞典では言葉の意味する概念を媒介として日本語と英語を記載している。言葉の存在前に概念があるという考え方だ。だから英語や日本語という言語の違いは、モノに貼るラベルの種類が違うだけで、概念自体は共通というのもだ。「散歩する侵略者たち」はこの概念を奪うのだ。

二つ目が少しややこしいのだが、言葉があるから概念やモノを認識できるという考え方だ。ソシュールらが提唱した言語感だ。言語があるから、世界を切り分けて認識できるという考え方だ。よく例に上がるのは、国によって虹の色の見え方が違うというものだ。日本では虹は7色だが、三色に切り分ける国もある。言語が用意する色の数によって虹の色数が変わるのだ。まあ、これは余談だが。

 

 

 

「愛」という概念を奪ったら

地球に来た「宇宙人」たちは全員で3人だった。真治に取り付いたもの、天野に取り付いたもの、そして一家惨殺事件を引き起こしたあきらに取り付いたものの3人(3体?)だ。3人は侵略対象である地球で概念を収集するためにやってきた。最初は金魚に取り付いたものの、その後人間に乗り移ったのだ。そのため縁日に来ていた真治、天野、あきらのおばあちゃんに乗り移ったのだ。あきらのおばあちゃんは、人体について調べようとして一家惨殺事件を引き起こし、その後あきらに乗り移ったのだ。

概念を収集した「宇宙人」たちは、元の星に帰ろうとする。が、地球を守ることを決心した桜井と真治を失いたくない鳴海がそれを止めようと動くのだ。最後に鳴海は真治に「愛」という概念を奪って欲しいと頼む。「愛」という概念がなくなれば、鳴海は真治を失っても寂しくはないのだから。

真治は「愛」という概念を奪うのだが、愛の真の意味を知った時にものすごい動揺を受ける。「愛」という概念を知ってしまった真治の決断は書き込まれてはいない。それは読者の想像に任されている。けれども、「愛」を失ってしまった鳴海に幸せは訪れないよなと感じる。

人間にとって、「愛」という概念ほど複雑で難解で重要なものはないと考えさせられる。

 

 

 

黒沢清監督によって映画化されている


松田龍平、長澤まさみ、長谷川博己ら出演!映画『散歩する侵略者』予告編

 

元々は舞台で、後に小説化された『散歩する侵略者』だが、黒沢清監督の手によって映画化されている。カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品された映画だ。 

 

 

散歩する侵略者 (角川文庫)

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  • 作者:前川知大
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