日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

感傷家であると同時に小説家 / 『女について』 佐藤正午

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彼女はぼくと同じ18歳だった。初めての女性だった。好きかと尋ねられて頷いた―家族以外の女性についた初めての嘘。嘘を重ねるために他の女性を拾い、途切れ途切れに続いた彼女との関係も、ぼくが街を出ることで終止符が打たれた―。そして長い時を経て、ぼくは再び彼女と出逢った。(「糸切歯」)青春のやるせなさ、ほろ苦さを瑞々しい感性で描く秀作集。

面白さと一般的な知名度が相関していない作家といえば佐藤正午だと思う。実際、かなりの小説好きなら佐藤正午の作品の素晴らしさを知っている人が多いが、ライトな小説読者層には知名度がないように思う。

佐藤正午はジャンプから読み始めたのだけれど、すぐに佐藤正午の魅力に取り憑かれてしまった。なんだこれ!凄く面白いじゃないか!どうして誰も教えてくれないんだ!と『Y』・『スペインの雨』・『取り扱い注意』と次々に読み耽っていった。佐藤正午の小説は読んでいてすごく楽しく。ストーリーも面白いのだが、小説の構成も凝っていて、文章そのものが面白くて魅力的だ。佐藤正午の小説を読んでいると、文章そのものを味わう悦楽に浸れる。長編小説は構成が凝っていて、ストーリーも一捻りしてある。長編に劣らず短編小説も素晴らしい。

 

この『女について』は、タイトル通り「女について」の短編集だ。佐藤正午の作品の魅力の一つである会話の洒脱さが満ち溢れている。とにかく会話文にユーモアがきいていて凄く面白い。特に「卵酒の作り方」の最後の一文「もしおまえの女主人公が風邪を引いたら、そのときはおれに電話をかければいい」という一文が秀逸だ。他にも沢山紹介したい文章があるけれど、そんなことをすればこのブログすべてが佐藤正午の会話文になってしまいそうなので割愛する。

そして、主人公のダメ男感も魅力の一つだ。過去の淡い恋愛を引きずるところや感傷的なところに凄く共感する。私小説に近いテイストで、読んでいるとフランソワ・トリュフォーの映画を思い出す。トリュフォーも私小説テイストの映画だったなと。そういえば、佐藤正午の代表作の一つである『Y』ではフランソワ・トリュフォーがモチーフとして使われていたな。

 

佐藤正午ファンにはお馴染みの洋服屋に勤める「友人」も出てくる。「ラムコークを飲む女について」「ソフトクリームを舐める女について」「イヤリング」「卵酒の作り方」と4作品に出演している。とにかく主人公と友人のユーモアと皮肉に満ちた掛け合いが読んでいて面白い。いつまでも読んでいたいと思えるぐらいに面白い。

 

この短編集の中でも印象に残っているのは「糸切歯」と「イヤリング」だ。どちらも過去の淡い恋愛を引きずる感傷的な恋愛小説だ。男は恋愛を名前を付けて保存するというけれど、そんな未練たらしい男が主人公になっている。持っていて恥ずかしい未練を小説に変えてしまうのが佐藤正午だ。僕は自分の感傷と折り合いをつけるために、佐藤正午の小説を読んでいるのかもしれない。

 

栞の一行

そういうわけでぼくは感傷家であると同時に小説家である。                  

 

 

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