日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

天災に真っ向から向き合ったロードムービー / 『すずめの戸締まり』 新海 誠


www.youtube.com

 

今年の11月11日に新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』が公開される。

水溜りの上にある扉の印象的なビジュアル観るものを圧倒する華麗な情景描写。予告を観ただけでも期待が高まる。

音楽は、『君の名は。』と『天気の子』に引き続きRADWIMPSが担当する。映画の予告映像で流れている「すずめ」は、RADWIMPSが作詞作曲で女性ボーカルの十明(とあか)が歌唱している。また、主題歌の「カナタハルカ」はRADWIMPSが歌唱している。

 

11月の公開まで待ちきれなかったので、8月に発売された『すずめの戸締まり』のノベライズを一足先に読んでしまった。ここ最近、新海誠作品が公開される時は映画のノベライズが先に出版されるのが恒例だったのだが、今回も映画公開より先に『すずめの戸締まり』の小説が出版された。

 

新海誠監督は自作品をノベライズを行うことが多く、『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』、『君の名は。』、『天気の子』は新海誠監督自らがノベライズを行なっている。感傷的なモノローグが得意な新海誠監督だけあってか、小説の文章もすごく味がある。

新海誠は村上春樹チルドレンだと言われることが多いのだが、『秒速5センチメートル』の文章からは確かに村上春樹ぽさが感じられた。

 

話を『すずめの戸締まり』に戻そう。ネタバレしない程度に簡単に書くと、『すずめの戸締まり』は天災に真っ向から向き合ったロードムービーだ。これまで新海誠監督は『君の名は。』や『天気の子』で人間に襲いかかる天災を描いていたと思うが、『すずめの戸締まり』ではある天災について真っ向から描いている。映画をまだ観ていないのにロードムービーと書くのもおかしな話だが。

『すずめの戸締まり』のテイストとしては、新海誠作品の『星を追う子ども』に近いかなと思う。ファンタジーにかなり寄せた雰囲気だ。監督によると、『すずめの戸締まり』は、物語もキャラクターも全く違うものの、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』の影響を強く受けているらしい。

 

ここから下ではネタバレ全開で『すずめの戸締まり』の考察を行っていく。内容にがっつり触れるので、未読のかたは注意してほしい。最後の方では関係がありそうな日本神話と村上春樹作品と比較して考察を書いている。

 

 

震災に真っ向から向き合ったすずめのロードムービー


www.youtube.com

『すずめの戸締まり』を端的に説明するなら、震災に真っ向から向き合ったすずめのロードムービーといったところだろうか

 

これまで新海誠は『君の名は。』や『天気の子』で天災を描いてきた。『君の名は。』では一定周期で地球に接近する隕石を、『天気の子』では異常気象を描いた。特に『君の名は。』での一定周期で地球に接近する隕石というのは、周期的に発生する地震の象徴ではないかと、『君の名は。』を初めて観た時に思った。

『すずめの戸締まり』では、すずめは「後ろ戸(うしろど)」を閉じることで地震を防ぐ。また、東日本大震災も直接的に描かれており、すずめは幼い頃に東日本大震災によって母を失っている。地震がテーマになった作品なのだ。すずめが日本各地の扉を閉じていく中で成長していく話でもある。ここから先は作品の内容に沿って考察していく。

 


www.youtube.com

主人公は九州地方の町で暮らす17歳の女子高校生、岩戸鈴芽(いわと すずめ)

彼女は母を失っており叔母と一緒に暮らしていた。ある日、通学途中に「扉」を探す青年、宗像草太(むなかた そうた)とすれ違う。彼女は草太の後を追い、元々リゾート施設だった廃墟に迷いこみ、青年が探していた古い扉を見つける。すずめは何かに引っ張られるように扉に手を伸ばし、引き込まれていく。その際にすずめは石を引っこ抜いてしまう。

その扉は「後ろ戸」と呼ばれるものだった。「後ろ戸」は、人がいなくなってしまった場所に開き、その中からは善くないものが出てくる。そして宗像草太は「後ろ戸」を閉じる役目をになった「閉じ師」であった。「閉じ師」は「後ろ戸」の鍵を閉め、 その土地を本来の持ち主に返すことを生業としている。

すずめが「要石(かなめいし)」という石を引っこ抜いてしまったせいで、「後ろ戸」からミミズが出てきてしまう。このミミズは空に広がりながら地気を吸い上げており、もしミミズが地上に倒れてしまうと地震が起きてしまうのだ。 倒れる前に後ろ戸を閉めれば、 地震を防ぐことができる。すずめは草太と協力してなんとか鍵を閉めることができる。

しかし、その後草太はもともと「要石」であった猫・ダイジンに呪われてしまい三本足の子供用の椅子に変えられてしまう。元の姿に戻るため、すずめは草太と一緒にダイジンを探す旅に出る。

愛媛、神戸、東京とその道中で後ろ戸を閉めながら、ダイジンを追いかける。

草太の話によると、ミミズを抑えるために2つの「要石」がミミズに刺さっていた。その1つが東京にあった。最終的に草太はミミズが引き起こす大地震から東京を救うために「要石」となってしまう。

すずめは「要石」になってしまった草太を救うために、自分が入ることができる「後ろ戸」を探しにいく。すずめは幼い頃に後ろ戸をくぐっていたのだ。最後の方で明かされるのだが、すずめは幼少期に東日本大震災を被災し、母親を失っていた。その時に「後ろ戸」をくぐったのだ。すずめはかつて住んでいた東北の地で「後ろ戸」を見つけ、「常世」に旅立つ。そこで草太を救い、ミミズを封印しなおす。

すずめが過去の記憶に向き合い、成長する話であった。

 

 

日本神話と『すずめの戸締まり』

『すずめの戸締まり』では、キャラクターの名前やストーリーに日本神話のモチーフが数多く登場している。新海誠は『君の名は。』から日本の伝承や風習を作品に絡めてきた。『君の名は。』では神社の巫女 が登場し、『天気の子』も晴れを祈祷する巫女というモチーフが登場している。本作でもその傾向はあるんじゃなかろうか。

まず、『すずめの戸締まり』では主人公たちの名前に日本神話との関連が見て取れる。

主人公の岩戸鈴芽の名前は、天岩戸隠れアメノウズメからとっているように思う。

宗像草太の苗字は、宗像三女神からきているのだろうと思う。また、草太が変化してしまった三本脚の椅子は、三本足の八咫烏を彷彿とさせる。猫のダイジンの名前も大神の読みからとってそうだ。

 

また、「後ろ戸」を閉めるという『すずめの戸締まり』のストーリーを読み解く鍵も「天岩戸隠れ」にあるように思う。

天岩戸隠れというのは日本神話のエピソードの1つだ。簡単に説明してみよう。

ある時、アマテラススサノオの非道ぶりに恐れをなして、天の岩屋戸の中に閉じこまってしまう。アマテラスが隠れてしまったせいで、天上界と地上界はともに闇に包まれてしまった。暗黒の世界につけ込むように悪神や悪霊が跋扈し、あらゆる災いが至る所で発生したのである。これを鎮めるためにアメノウズメは奇妙な踊りを披露し、神々の笑いを引き起こした。

それを聞いていたアマテラスは怪しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」といい、天児屋命と布刀玉命がアマテラスに鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思ったアマテラスが、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。こうして世界には光が取り戻されたのである。

こう見てみると色々と共通点が浮かび上がってこないだろうか。「天岩戸隠れ」を簡単に要約するとアメノウズメが扉を開ける話である。それに対して『すずめの戸締まり』は、岩戸すずめ(アメノウズメに似ている)が扉を閉める話だ。個人的にはこの反転がすごく面白いと思っている。「天岩戸隠れ」の扉が閉まったら災いがもたらされるというのは、『すずめの戸締まり』における「後ろ戸」が開いたら災いが発生することに通じるものがあるのではないだろうか。『すずめの戸締まり』では、「天岩戸隠れ」の神話が一部反転して描かれているように思う。

また、要石が配置されている場所だが、こちらも神話が関連しているように思う。まず、ニニギノミコトが初めて降臨した場所は宮崎県の高千穂だと言われている。なので九州が舞台ともあるが、最初の要石が置かれていた場所は宮崎県ではないかと考えている。2個目の要石だが、こちらは皇居に置かれていた。要石が置かれていた場所は神や天皇に通じる場所だったのではないかなと考えている。

 

 

新海誠『すずめの戸締まり』と村上春樹「かえるくん、東京を救う」

新海誠作品だが村上春樹作品との関連を指摘されることがよくある。新海誠自身も村上春樹を愛好しており、村上春樹チルドレンと呼ばれているほどである。『すずめの戸締まり』でも村上春樹作品がモチーフになっているのではないかと思っている。その作品というのが、「かえるくん、東京を救う」という短編小説だ。

かえるくん、東京を救う」という短編は『神の子どもたちはみな踊る』という短編集に収録されている。英訳名が「After the quake」となっているように、この短編集は地震がテーマになっている。阪神淡路大震災がきっかけで執筆された作品だ。簡単にあらすじを見てみよう。

主人公の片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。蛙は「かえるくんと呼んでください」と言い、片桐に協力を求める。それは、地下にいるミミズくんが地震を引き起こし、東京に甚大な被害を与えるというものであった。片桐はかえるくんと共に地下に降り、みみずくんと闘い、地震を阻止する。それがかえるくんの依頼だった。それから、片桐は狙撃された。そして目が覚めたとき、片桐は病院のベッドに横たわっていた。その日の夜中、かえるくんが病室に現れ、ミミズくんとの戦いの顛末を伝える。

地震がテーマという点で『すずめの戸締まり』と共通しているのだが、ミミズが地震を引き起こすという設定も共通している。また、人知れず世界の安定を守っている部分や、地震を防ぐために戦うという点でも共通しているだろう。「かえるくん、東京を救う」からいくつかのモチーフが使われているのではないかと思う。

 

 

新海誠『すずめの戸締まり』と村上春樹『海辺のカフカ』

もう1つ『すずめの戸締まり』と関係がありそうな村上春樹作品がある。その作品は『海辺のカフカ』だ。「戸締まり」と「喋る猫」が登場するというのが、『すずめの戸締まり』と『海辺のカフカ』の共通点だ。また、カフカはチェコ語でカラスを意味する。

 

 

「戸締まり」は日本の衰退のメタファーか?


www.youtube.com

新海誠監督は、『すずめの戸締まり』に関してこう語っている。

「あちこちで開け放しにし続けてしまった扉を、どのように閉めることが出来るのか。それをすずめに託し、戸締りをしながら日本列島を旅する物語を作っています。笑顔と昂ぶりを、観終えた後に残せるような映画にしたいのです」

 

『天気の子』でも、水没した東京という日本の衰退をイメージさせるモチーフが使われていた。「どのように閉めることができるのか」、この言葉はかつての勢いを失った今の日本にすごく刺さる。少子高齢化が進行し、人口減少が確実になっている日本。かつてのリゾート地がなくなったりするのはよく聞く話だ。

 

 

公開は11月11日とまだまだ先だ。公開日が待ち遠しい。

 

 

suzume-tojimari-movie.jp