日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

濃密に漂う死の匂い / 「ニューヨーク炭鉱の悲劇」 村上 春樹

村上春樹の「ニューヨーク炭鉱の悲劇」は、濃密な死の匂いが立ち込める小説だ。

話の意味するところや、構成の意図するところが分からなくても、作中に漂う「死の匂い」を感じ取った人は多いんじゃないかなと思う。この小説では、主人公の周りで多くの人が死んでいく。まるで、死神に死の世界へと引き込まれるかのように。

自分自身の経験から言っても、友人や恩師が次々に死んでいってしまう時期があった。そういの時は自分の身の回りに死がぽっかりと口を開けて待っているかのように感じたことを覚えている。小説に話を戻そう。

小説全体としては解釈するのが難しい部類の村上春樹作品だと感じる。特に、炭鉱に閉じ込められた人々の描写が唐突に挿入されるのは、どういう意味?と困惑した人は多いんじゃないかな。

 

この小説の内容を大きく分けると3パートになる。

 

①身の回りで人が死んでいく「僕」と友人の話

②「僕」に似た男を殺した女と「僕」の話

③ 炭鉱の悲劇

 

3つのパートがどのように関連しているのか、何を意味しているのかをこの記事では考察・解説していこうと思う。

 

 

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」の構成

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」という小説の構成だが、さっきも描いたように大きく3つのパートに分けられるように思う。

 

①身の回りで人が死んでいく「僕」と友人の話

②「僕」に似た男を殺した女と「僕」の話

③ 炭鉱の悲劇

 

この小説を分かりにくくしているのは、③の存在だろう。

①と②だが、主人公の「僕」の話という点で共通していることもあり、なんとなく繋がりが見える。

問題は③だ。主人公の僕も登場しない。①と②と③の繋がりを考えてみると、どうしてもこれと言ったつながりがなく、断絶しているように思える。

唯一共通しているといえるのは小説に立ち込める「死の匂い」だ。どのパートにも生と死は隣接しているということが書かれていると思う。作中の言葉を借りれば、「現実と非現実 (あるいは非現実と現実) のあいだに横たわる暗い淵」は思ったよりも身近に待ち受けているということだ。

各パートを確認して、繋がりについて考察してみよう。

 

 

①身の回りで人が死んでいく「僕」と友人

 

28歳になった「僕」の周りでは、友人たちが次々に死んでいった。作中の言葉を借りれば、「予期せぬ殺戮」だ。

友人の葬式があるたびに「僕」は近くに住む友人に喪服を借りに行った。その友人は「台風や集中豪雨がやってくるたびに動物園に足を運ぶという比較的奇妙な習慣」を持っていた。

その年に5人の友人が死んだ。5人の友人は「現実と非現実 (あるいは非現実と現実) のあいだに横たわる暗い淵」に飲み込まれていったのだ。

「僕」は暗い淵を渡らずに済んだが、もしかしたら渡っていたのかもしれないという思いに駆られることになる。それが次のパートだ。

 

 

②「僕」と「僕」に似た男を殺した女

5人の友人が死んだ年の大晦日に「僕」はパーティに参加し、ある女に出会う。

その女は「僕」に似た男を「みつばちの巣」にぶち込んで殺したというのだ。ここで「僕」はもしかしたら死んでいたのかもしれないという思いに駆られる。「現実と非現実 (あるいは非現実と現実) のあいだに横たわる暗い淵」は意外と近くに存在していたのだと。

 

 

③ 炭鉱の悲劇

ここが問題の章だ。ここでは「僕」は登場せずに炭鉱内に閉じ込められたと思われる坑夫の姿が描かれている。この坑夫たちは救助を待っているようだ。引用してみよう。

 

 空気を節約するためにカンテラが吹き消され、あたりは漆黒の闇に覆われた。誰も口を開かなかった。五秒おきに天井から落ちてくる水滴の音だけが闇の中に響いていた。

「みんな、なるべく息をするんじゃない。残りの空気が少ないんだ」
 年嵩の坑夫がそう言った。ひっそりとした声だったが、それでも天井の岩盤が微かに軋んだ音を立てた。坑夫たちは闇の中で身を寄せあい、耳を澄ませ、ただひとつの音が聞こえてくるのを待っていた。つるはしの音、生命の音だ。

 

この部分と「僕」の話はストーリー上は関係がない。だが、死の雰囲気というか、死が身近に迫っている状況というのは共通している。

この小説が描いているのは、現実と非現実、こちら側とあちら側、生と死 のあいだに横たわる暗い淵というのは日常生活のすぐ隣に存在するということではないかと思う。

 

 

タイトルの「ニューヨーク炭鉱の悲劇」の意味は?

次に、謎めいたタイトルである「ニューヨーク炭鉱の悲劇」を考察していきたい。こちらの解釈には、山根由美恵の「村上春樹「ニューヨーク炭鉱の悲劇」における〈切断〉という方法 : ビージーズの影響・改稿の様相から」という論文を参考にした。

タイトルの「ニューヨーク炭鉱の悲劇」というのは、ビージーズの楽曲「ニューヨーク炭鉱の悲劇 (New York Mining Disaster 1941)」からきている。それもあってか、この短編の英訳タイトルは原曲のタイトル通り「New York Mining Disaster 1941」となっているのだ。

ビージーズは、イギリス生まれ、オーストラリア育ちのロックバンドだ。僕は、この小説を読むまでこのバンドの存在を知らなかった。「ニューヨーク炭鉱の悲劇」は、ビージーズがアメリカに進出するきっかけになった初のメジャーヒットソングであるようだ。

この楽曲の歌詞は、小説の冒頭にエピグラフとして引用されている。

 

地下では救助作業が、
続いているかもしれない。
それともみんなあきらめて、
もう引きあげちまったのかな。

『ニューヨーク炭鉱の悲劇 (New York Mining Disaster 1941)』 (作詞・歌/ビージーズ)

 

 


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村上春樹はこの歌詞に惹かれて、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」という短編小説を描いたようだ。

僕は小説の解釈に著者の言葉を持ち込まない「テクスト論」的な読み方が好きなのだけれど、今回は作者の言葉から解釈してみようと思う。とりあえず村上春樹のコメントを引用してみる。引用元は全集からだ。

 

これも題名から始まった話。もちろん初期のビージーズの ヒット・ソングの題名である。
この曲そのものは僕はあまり好きではない。

これは創刊間もない 『ブルータス』のために書いた。担当の編集者は当時この作品を掲載することを渋った。「ビージーズはおしゃれじゃない」というのがその理由であったと記憶している。まあそれはそうかもしれないけれ ど、そんなこと言われても僕としてはとても困った。僕はこの曲の歌詞にひかれて、とにかく「ニューヨーク炭鉱の悲劇』という題の小説を書いてみたかったのである。ビージーズが歌おうが、ベイ・シティー・ローラーズが歌おうが、関係ないのだ。人はおしゃれになるために小説を書いているわけではないと思う。

 

『全作品第1期-3 短篇集Ⅰ』別刷「「自作を語る」―短篇小説への試み」

 

執筆の背景にはちょっと笑ってしまった。

確かに、おしゃれになるために小説を描いているわけではないよな。

 

話を「ニューヨーク炭鉱の悲劇」に戻そう。

では元の楽曲のニューヨーク炭鉱とは何だろうか?もちろん、ニューヨークに炭鉱はないし、落盤事故のようなものも起こっていない。

この歌詞では、1941年のニューヨーク炭鉱の事故が題材とされているが、それは空想上の事故なのだ。ただ、モデルになった事故はある。その事故というのが、イギリスのウェールズ地方、アバーファン村のマーシル・ヴェール炭鉱での事故だ。豪雨によって土砂崩れが発生し、住宅と小学校を呑み込んだという痛ましい事故だ。

また、1941年という年号だが、これはヨーロッパでは第二次世界大戦が激化し、日本が真珠湾攻撃を実施して太平洋戦争が開戦した年でもある。

なので「ニューヨーク炭鉱の悲劇」という架空の事故は、太平洋戦争という大きな出来事の影に隠れた事故として描かれている。ではなぜ、戦時中という時代設定にしたのだろう?

その答えは、この曲が発表された時代にあるのではないだろうか。

この曲が発表された1967年はベトナム戦争の真っ最中であった。批評性を込めて、ベトナム戦争を太平洋戦争に、マーシル・ヴェール炭鉱での事故をニューヨーク炭鉱での事故に置き換えた作品にしたのではないかと思う。

 

 

「内ゲバの死者への思い」という解釈

最後に、斬新で面白い解釈を紹介しようと思う。その解釈とは、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」は「内ゲバの死者への思い」が描かれているというものだ。

この解釈は加藤典洋『村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011 上』で提唱している解釈だ。気になった人は原著も確認してみてほしい。

 

 

改稿に着目して「ニューヨーク炭鉱の悲劇」を解釈する

山根由美恵は「村上春樹「ニューヨーク炭鉱の悲劇」における〈切断〉という方法 : ビージーズの影響・改稿の様相から」という論文で、改稿に着目して主題を抽出するという方法をとっている。

改稿というのは、作家が文章を手直しすることだ。この論文では、この手直しした部分に重要な意味が込められているとして読み解く方法をとっている。すごく面白い論文なので是非読んでみてほしい。この論文は『村上春樹 "物語"の認識システム』という本に収録されている。

みんな、なるべく息をするんじゃない。残りの空気が少ないんだ

 

 

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