日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

第167回芥川龍之介賞の受賞作品を予想する!

7/20に選考会が開催され、第167回芥川賞の受賞作が発表される。

それに先立って、どの作品が芥川賞を受賞するのか予想したい!

 

芥川賞を簡単に説明すると、新人作家の純文学作品に与えられる文学賞だ。文学賞の中で一番知名度がある賞だろう。純文学というと定義が難しいのだけれど、芥川賞に限っていえば、「文學界」・「新潮」・「群像」・「すばる」・「文藝」の五大文芸誌に掲載された作品が候補の対象となる。候補の作品となる小説の長さは中編程度が多い。

芥川賞の選考委員は小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一の9名だ。

 

今回の候補作は以下のの5作品だ。

 

小砂川チト「家庭用安心坑夫」(群像 6月号)

鈴木涼美「ギフテッド(文學界 6月号)

高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」(群像 1月号)

年森瑛「N/A(文學界 5月号)

山下紘加「あくてえ」(文藝 夏号)

 

今回の芥川賞だが、167回の歴史の中で候補作がオール女性なのは初めてだそうだ。

性別といった作家の属性が作品の評価に関係するとは思わないので、この事実に関しては1ミリも関心はないのだけれど、1つ気になることがあった。年森瑛さんは確か性別を公表してなかったはずだ。それなのに「候補作が全て女性」と言うためだけに性別を公表したのだとしたらそれはどうなんだろうと思う。「女性」や「LGBTQ」といった安易なカテゴライズに意義を唱えた「N/A」が候補作なのは皮肉だなと感じる。

 

まあ、それはさて置いて作品の内容に触れながら芥川賞の受賞作を予想していこうと思う。

今回の作品は内容が分かりやすい作品が多い印象だった。親子の関係を描いた作品や同調圧力に反抗するような内容の作品が多いように感じた。

以下では各候補作品の内容についてネタバレしているので、未読の人はご注意ください。

 

 

 

小砂川チト「家庭用安心坑夫」(群像6月号)

小砂川チトの「家庭用安心坑夫」は、「ツトム」というマネキンが登場する幻想小説だ。「家庭用安心坑夫」は、群像文學新人賞を受賞した小砂川チトのデビュー作で、芥川賞には初めてのノミネートとなる。「家庭用安心坑夫」というタイトルは今回の候補作の中で一番インパクトがある。

主人公の藤田小波は街中で「ツトム」と言うマネキンを見かけるようになる。その「ツトム」は、過去にお母さんから「お前の父親だ」と言われていたマネキンだった。この小説はリアリズム小説ではなく、小波の妄想が現実を侵食していく幻想小説だ。

マネキンの「ツトム」は、小波の日常生活にたびたび登場し、平穏な暮らしに波紋を広げていく。「ツトム」との思い出を振り返る中で、母との関係性を思い出すことになる。このツトムこそが小波にとっての「安心坑夫」だった。

辛い現実に対抗するために妄想で固めた世界に住む「小波」が、現実に向き合う小説でもある。現実に向き合った結果、妄想で固めた世界が崩壊する様は見事だった。群像新人賞の選評にあったように、「マイナスからゼロに至る成長小説」だ。

今回の候補作品の中では一番ぶっ飛んでいて企みに満ちた作品だったと思う。

 

 

 

鈴木涼美「ギフテッド」(文學界 6月号)

ギフテッド」は鈴木涼美の小説デビュー作だ。鈴木涼美は、『「AV女優」の社会学』、『体を売ったらサヨウナラ』などの著作で知られている。

「ギフテッド」は、歓楽街のビルに暮らすホステスの「私」が、死に場所を求めてやってきた母を看病し始めるという話だ。母はシングルマザーとして「私」を産み育てるかたわら数冊の詩集を出していたが、詩人として大成することはなかった。

「私」には子どもの頃に母から受けた火傷の傷があった。「私」は母に向き合う中で、母の秘密を知るようになる。冒頭から重点的に描かれているドアの音を最後に回収する点にはハッとさせられた。

また、「ギフテッド」はキャバクラや風俗など「夜の街」に生きる女性たちを圧倒的なリアリティで描いた点も特徴だ。「夜の街」では、女性の体に値札をつけられる。自分の身体の商品性に対して登場人物たちはそれぞれの道を選ぶ。商品性を活かしソープで働く友達、デリヘル、SMと死ぬまで体を売り続けた友人とその選択肢は様々だ。

身体の商品性」というのがこの作品を読み解く上での1つのキーワードだと思う。

「私」の母は自分の商品性を拒むことができなかった。母は金持ちの男に体を売ることで生活を支えていたのだ。この事実が明かされることによって母がなぜ娘に火傷の跡を残したのかが判明するような構成になっている。

母はおそらく体の商品性を拒絶できなかった自分のようになってほしくなくて、娘にあざを残したのだろう。娘の体の商品性を下げるために。このアザこそが母から娘にギフテッドされた(gifted)ものだったのだろう。

冒頭から重点的に描かれているドアの音を母の詩で最後に回収する点にはカタルシスを感じた。

夜の街に生きる娘と母の関係性を描いた「ギフテッド」だが、候補作の中では一番王道の純文学だった。ラストシーンのカタルシスも全ての候補作で一番だったと思う。

 

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高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」(群像 1月号)

高瀬隼子の「おいしいごはんが食べれますように」は、食べることへの違和感を描いた作品だ。高瀬隼子は「水たまりで息をする」に続いて、2回目の芥川賞ノミネートになる。

この小説の面白いところは、主人公の二谷が「おいしいごはんが食べれますように」とは1ミリも思っていないところだ。この小説では二谷と、職場の・芦川、押尾という二人の女性との奇妙な三角関係が描かれている。芦川はよく体調を崩し、その仕事をフォローするのは二谷と押尾だった。けれども、気遣いされるのは芦川ばかりで、押尾はやるせない思いを抱えていた。一方、二谷は芦川と付き合っていたのだが、どうしても相容れない点があった。それは食へのこだわりだ。芦川は美味しい料理が好きで自分でも料理をよく作り振る舞っていた。それに対して二谷は食事をエネルギー補給ぐらいにしか思っておらず、コンビニ飯やカップ麺があるのだからわざわざご飯を作らなくてもいいんじゃないかと思っている。

この小説で描かれているのは、食事への違和感だ。「美味しい食事を食べるのが一番」、「人と一緒に食べる食事は美味しい」といった世間的な共通認識に中指を立て、世間の同調圧力に異義を唱えている。

 

 

 

年森瑛「N/A」(文學界 5月号)

N/A

N/A

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今回の芥川賞候補作の中で一番の話題作が、年森瑛「N/A」だと思う。今年度の文學界新人賞を受賞した小説だ。しかも選考委員が満場一致で受賞を決定したという話題作だ。芥川賞候補作が発表される前に単行本化が決定している点からも文藝春秋の力の入れようが分かる。

人は何でもかんでも分類したがると歌ったSEKAI NO OWARIの「Habit」が流行っているが、「N/A」で描かれているのは安易なカテゴライズへの違和感だ。主人公の松井まどかは、女子校に通う高校生だ。まどかには「うみちゃん」と言う彼女がいる。まどかは「LGBT」と言うカテゴライズに違和感を覚え嫌っているのだが、周囲にはそういうカテゴライズをされてしまう。まどかは世間的に正しいとされる紋切り型の言い回しが好きではなかった。

しかし、友人の祖父が新型コロナにかかってしまった時には、まどかは当たり障りのない言葉をGoogle で検索し、自分の言葉で友人に語りかけることができずにいた。

この作品には、世間で氾濫する様々なカテゴライズが登場する。私たちはそのカテゴライズには従い、世間的に正しいとされる言葉を探し、喋ってないだろうか?

自分自身の言葉で語っていますかと問いかけているかのような内容だ。この作品は芥川賞の大本命だと思っている。

 

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山下 紘加「あくてえ」(文藝 夏号)

あくてえ

あくてえ

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山下紘加の「あくてえ」は、90歳の憎たらしいばばあと母親と暮らすゆめの過酷な日常を描いた作品だ。山下紘加は、『ドール』で第52回文藝賞を受賞しデビュー。著書に『クロス』『エラー』などがある。山下紘加は芥川賞初ノミネートだ。

タイトルにもなっている「あくてえ」とは、「悪口や悪態といった意味を指す甲州弁」のことだ。主人公の「ゆめ」は、小説家志望の女性で、90歳の祖母と母親の沙織と3人暮らしをしている。「ゆめ」は祖母に「あくてえ」をついている。祖母もなかなか強烈なキャラクターをしていて、かなり頑固なBBAとして描かれている。

 

 

 

個人的な芥川賞受賞予想

僕の芥川賞の受賞作予想だが、年森瑛「N/A」の単独受賞と予想。安易なカテゴライズへの違和感を描いた点が、世相を反映しているとして受賞につながるのではと思った。

年森瑛「N/A」と高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」でかなり迷った。

次点として高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」かな。

ダークホースだが、妄想と現実が入り混じる独特の小説世界を作り上げた小砂川チト「家庭用安心坑夫」を推したい。

 

本命:年森瑛「N/A」

次点:高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」

ダークホース:小砂川チト「家庭用安心坑夫」

 

芥川賞の選考会は毎度おなじみ東京・築地の料亭で7月20日に行われ、受賞作が決定する。

果たして予想は当たるのか?

栄光はどの作品に!