日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

偶然の大地を彷徨う / 「彼女の町と、彼女の緬羊」 村上 春樹

村上春樹の小説によく登場する動物といえば、やっぱりだと思う。

 

タイトルに羊と入る『羊をめぐる冒険』は村上春樹の代表作だ。『羊をめぐる冒険』に登場する羊男は有名なキャラクターで、『羊男のクリスマス』や『図書館奇譚』にも登場している。その他にも村上春樹の小説で羊が登場するものがある。

 

その小説が短編集『カンガルー日和』に収録されている「彼女の町と、彼女の緬羊」という小説だ。「彼女の町と、彼女の緬羊」の舞台は札幌だ。

札幌の街や羊といい、『羊をめぐる冒険』との繋がりを感じさせるし、『羊をめぐる冒険』の原型なのかなとも思う。

 

この小説のテーマは、人間が住む土地についてだ。

人は、人生のステージによって様々な土地を転々とするワタリドリのような存在かもしれないと思うことがよくある。大学や就職がきっかけで、住み馴れた土地を離れたことがある人は多いのではないだろうか。またそれとは逆に、生まれた土地にずっと住み続ける人もいるかもしれない。

住む場所の選択には個人の人生観がある程度反映されていると思う。

けれども偶然の要素も多いんじゃないか。勤務地の配属で思いもよらなかった場所に住むことになるというのはよくあることだろう。

 

この小説では主に3人の登場人物がいる。「僕」と「僕の友人」と「彼女」だ。

それぞれの登場人物によって住む場所へのスタンスが大きく違う。

「僕」と「僕の友人」は、進学や就職がきっかけで、故郷の神戸を離れ、東京や北海道に住んでいる。そうなった経緯は偶然の要素が強い。もしかしたら「僕」が北海道に、「僕の友人」が東京に住む可能性もあったのだ。

この小説にはとても印象的な文章が登場する。引用してみよう。

 

人生というのはそういうものだ。 植物の種子が気紛れな風に運ばれるように、我々もまた偶然の大地をあてもなく彷徨う。 

 

「僕」と「友人」は、偶然に身を任せて住む場所を変えてきたのだ。

 

一方、「彼女」は、生まれ育った土地に根を張る生き方を選んだ。ここでは、2つの生き方が対比されているように思う。町に残るか、町から出るか。

「彼女」が住んでいる町は衰退の一途を辿っているように思えるが、彼女は強い決意を持って町に残る生き方を選んだ。「私の町」という言葉に、その決意が滲み出ているように思う。

 

この記事を書いている僕は、住み慣れた街から出て、思いもよらない場所に住んでいる。偶然の大地を彷徨っている感じだ。

でも、この小説を読むと、生まれ育った場所に根を張って留まり続けるという別の可能性もあったんだなと思う。

 

栞の一行

人生というのはそういうものだ。 植物の種子が気紛れな風に運ばれるように、我々もまた偶然の大地をあてもなく彷徨う。 

 

 

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