日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

緻密な構成が魅力の小説巧者!佐藤正午のおすすめ小説5選

佐藤正午は現代作家の中でも屈指の小説巧者だ。

 

文章と構成の両方が素晴らしく、小説巧者としか言いようがない。登場人物たちのウィットに富んだ会話はクセになり、緻密でたくらみに満ちた構成に驚かされる。時系列をシャッフルした構成など、技巧的な構成が特徴だ。

 

男女の微妙な距離感を描くのが非常に上手く、過去の淡い恋愛を感傷的に描いた小説はかなりエモーショナルだ。『女について』に収録されている「糸切歯」や『夏の情婦』に収録されている「二十歳」、『Y』など恋愛小説の名作が多い。短編小説では私小説とフィクションの間ともいえるような身近な恋愛話が綴られることが多い印象。

 

小説の登場人物の特徴だが、ダメ男が出てくることが多い。ダメ男を描かせたら太宰治に匹敵するのではないかと思っている。『個人教授』や「夏の情婦」などの主人公のダメ男ぶりは特筆するものがある。

 

佐藤正午は『永遠の1/2』でデビューした。ペンネームの「正午」は、佐世保市内の消防署が正午に鳴らすサイレンの音を聞いて、小説書きにとりかかるという習慣から来ている。佐世保市在住で執筆を行っていて、地元から出ないことが知られている。直木賞の授賞式では欠席したことが話題にもなった。

月の満ち欠け』で直木賞を受賞した。いくらなんでも遅すぎるのではないかと思っている。『ジャンプ』や『Y』、さらには『鳩の撃退法』という傑作を発表しているのに見逃した功罪は大きい。このまま無冠の帝王になるのかなと思っていたので、直木賞受賞は1ファンとして嬉しい。ただ、他にも直木賞受賞にふさわしい作品が多数あることは確かだ。

 

名作が多いので5つ選ぶのに苦戦したが、小説巧者・佐藤正午のおすすめ小説5選を紹介したい。

 

ジャンプ

佐藤正午の代表作として有名なのが『ジャンプ』だ。リンゴを買いに行って姿を消した彼女を探す話だ。女性の失踪という題材で、人生における偶然と選択の意味や女性の意志を描いた傑作だ。

まず書き出しの文章が凄くいい。

一杯のカクテルがときには人の運命を変えることもある。
しかも皮肉なことに、カクテルを飲んだ本人ではなく、そばにいる人のほうの運命を大きく変えてしまう。
これは『格言』ではなく、個人的な教訓だ。

一杯のカクテルが人の運命を変える?謎めいた書き出しに誘われてページをめくる手が止まらなくなる。 「僕」がアブジンスキーという奇妙な名前のカクテルを飲んだ夜、彼女の南雲みはるはリンゴを買いに出かけたまま失踪してしまった。

森鴎外の『雁』ではサバの味噌味が男女の運命を大きく変えてしまったが、『ジャンプ』ではアブジンスキーという奇妙な名前のカクテルが男女の運命を大きく変えた。人生における偶然の意味を考えさせられる小説だ。

 

 

Y

Y (ハルキ文庫)

Y (ハルキ文庫)

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次に紹介するのが『Y』。『Y』は人生のタラレバを描いたSF的な恋愛小説だ。『Y』という奇妙なタイトルは何を意味するのだろうと思うだろう。これは何かのイニシャルなどではない。Yは人生の岐路を表しているのだ。

進学、就職、恋愛、結婚など人間誰しも人生の選択に悩むことがあるだろう。そんな時に選択した後になって、別の選択肢の方が良かったのではないかと思ったことはないだろうか?この小説の登場人物はとある出来事に遭遇して、人生をやり直したいと思うようになる。そして過去を書き換える能力をえて、未来を変えようとするのだ。その選択の果てに何が待ち受けているのか。

 

 

取り扱い注意 

取り扱い注意』は佐藤正午の小説の中でも知名度が低い方だと思うが、隠れた名作だと思っている。佐藤正午の小説の魅力である会話のウィットや、巧みな構成が光っているからだ。

主人公の「僕」は女にだらしなくて、「女を蕩けさせ夢中にさせる」能力に秀でている。この主人公が繰り広げる会話がとにかくウィットに富んで面白い。ウィットの面白さでいったら、佐藤正午作品の中でもトップ3には入っていると思う。そして、女にだらしない主人公は佐藤正午の十八番だ。

この女にだらしない「僕」は叔父とともに無謀な計画に加担することになる。構成が巧みで、時系列がシャッフルされていて、小説の構成が緻密に練られているのが特徴だ。

文章の巧みさが際立ち、主人公も佐藤正午の十八番で、構成の巧みさも際立っている。佐藤正午の魅力を堪能できる小説だ。

 

 

夏の情婦

夏の情婦

夏の情婦

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佐藤正午は短編小説もすこぶる面白い。短編も面白いので5選には入れようとしたが、厳選するのにかなり迷った。悩んだ挙句、短編集『夏の情婦』を上げることにした。佐藤正午の短編を読むたびに思うことは、私小説として読めそうなフィクション。佐藤正午の短編小説は私小説とフィクションの間の絶妙な距離を保っているように思う。この『夏の情婦』では5つの短編小説が収められている。

「二十歳」は「ぼくはネクタイを結べない男である。」という一文から始まる。この一文からどんな話を展開させていくのだろうという期待に引っ張られてぐいぐい読んでしまう。主人公の大学生時代の恋愛の思い出が綴られている。

「夏の情婦」は、塾講師を勤める男と女の脆い関係性を描いた秀作だ。体だけを求める男と、真剣に愛している女の関係性は恋愛感情でつながれた彼氏彼女の関係性ではなく、ただの情婦と客の関係性だ。佐藤正午はこんなダメ男を描くのが上手い。

「片恋」では高校時代の片思いをノスタルジックに描いている。

「傘を探す」も「夏の情婦」と並ぶぐらい面白い。置き忘れた傘を探して主人公が夜のさまよう。傘を探すストーリーと並行して、悦子との関係性をめぐる話も展開される。傘を探すことで、悦子との関係に向き合うことから逃げるが、思わぬところで二つの話が重なる。

「片恋」では高校時代の片思いをノスタルジックに描き、「恋人」では色んな女性たちを渡り歩いてきた男が偶然出会った女との意外な顛末が描かれている。

 

 

 鳩の撃退法

かつて直木賞も受賞した作家・津田伸一は、とある地方都市で送迎ドライバーをして糊口をしのいでいた。以前から親しくしていた古書店の老人の訃報が届き、形見の鞄を受け取ったところ、中には数冊の絵本と古本のピーターパン、それに三千枚を超える一万円札が詰め込まれていた。ところが、行きつけの理髪店で使った最初の一枚が偽札であったことが判明。勤務先の社長によれば、偽札の出所を追っているのは警察ばかりでなく、一年前の雪の夜に家族三人が失踪した事件をはじめ、街で起きる騒ぎに必ず関わる裏社会の“あのひと”も目を光らせているという。

『鳩の撃退法』は佐藤正午の最高傑作ではないかと思っている。この小説は入れ子構造になっていて、かなり構成が凝っているのだ。

かつては直木賞も受賞した作家・津田伸一は、「女優倶楽部」の送迎ドライバーとしてその日暮らしを続けていた。そんな元作家のもとに三千万円を超える現金が転がりこむが、偽札だったことが判明し、事件に巻き込まれていく。

とにかく読んでいるのが楽しくて仕方ない小説だ。こんな小説を読めて幸せだなと思う。最近では藤原竜也主演で映画化もしている。

 

 

以上、佐藤正午のおすすめ小説5選でした。他にも『身の上話』や『永遠の1/2』、『女について』など名作が数多くあるので選ぶのに苦労した。ぜひ他の作品も読んでみてほしい。