日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

賛否両論を引き起こす!?ミステリ・推理小説の問題作をまとめてみた

ミステリの中でも本格ミステリは様式美にこだわったジャンルだ。

密室殺人や見立て殺人、クローズドサークルなど定番の謎がもてはやされる。ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則など、ミステリ特有の「お約束」というものもある。ノックスの十戒を見てみると、ミステリのお約束がどんなものなのかがなんとなく分かる。

 

  1. 犯人は物語の当初に登場していなければならない
  2. 探偵方法に超自然能力を用いてはならない
  3. 犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
  4. 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
  5. 中国人を登場させてはならない
  6. 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
  7. 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
  8. 探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
  9. サイドキックは自分の判断を全て読者に知らせねばならない
  10. 双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない

 

しかし、中にはミステリの「お約束」を完全に無視した問題作もある。そんな賛否両論が分かれる問題作のミステリを紹介したい。

 

 

 

ドグラ・マグラ

僕はいったい何者なんですか!?大正末期の九州大学精神科病棟。記憶喪失の青年と彼を見守る法医学教授。青年の脳裏に眠る迷宮入りの怪事件を巡り、精神科教授が謎の死を遂げ、怪奇なる因縁に彩られた殺人事件が次々と巻き起こる。怪奇と幻想の色濃い作風で名高い夢野久作の代表作。

やっぱりミステリの問題作と言ったら「三大奇書」は外せない。ドグラ・マグラは「これを読むものは一度は精神に異常をきたす」と言われる本で、そう言われるのが納得できるぐらい構造がややこしい。独特の言い回しがあったりと挫折ポイントはかなり高い。

 

 

黒死館殺人事件

 

黒死館の当主降矢木算哲博士の自殺後、屋敷住人を血腥い連続殺人事件が襲う。奇々怪々な殺人事件の謎に、刑事弁護士・法水麟太郎がエンサイクロペディックな学識を駆使して挑む。江戸川乱歩も絶賛した本邦三大ミステリのひとつ、悪魔学と神秘科学の結晶した、めくるめく一大ペダントリー。

黒死館殺人事件』もドグラマグラに引き続いて「三大奇書」の一つ。黒死館がなぜ問題作かというと、それは蘊蓄の量が原因だ。本編のミステリをそっちのけでオカルトの蘊蓄が次から次へと出てくる。読みづらいとかのレベルじゃない、読めない。三大奇書の中でも挫折ポイントが1番高い。

 

 

虚無への供物

 

昭和二十九年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司・紅司兄弟、従弟の藍司らのいる氷沼家に、さらなる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだのだ。そして叔父の橙二郎もガスで絶命――殺人、事故?駆け出し歌手・奈々村久生らの推理合戦が始まった。

この本も「三大奇書」の一つだけれど、他の物に比べてはるかに読みやすい。三大奇書を読みたいなら『虚無への供物』から読みはじめることをお勧めする。この『虚無への供物』はアンチミステリの傑作だ。激しい推理合戦が劇中で繰り広げられるけれど、どれもこじつけの推理ばかり。過剰な推理によって導かれるものとは?ミステリにつきつけられる中指を是非確かめて欲しい。

 

 

名探偵の掟

完全密室、時刻表トリック、バラバラ死体に童謡殺人。フーダニットからハウダニットまで、12の難事件に挑む名探偵・天下一大五郎。すべてのトリックを鮮やかに解き明かした名探偵が辿り着いた、恐るべき「ミステリ界の謎」とは?本格推理の様々な“お約束”を破った、業界騒然・話題満載の痛快傑作ミステリ。

 ミステリは様式美や形式美を重んじるジャンルだ。古臭いし現実味がないけれど、密室やクローズドサークル、見立て殺人などの道具立てはロマンあふれるものだし、ミステリの醍醐味である。そんな本格ミステリの形式に真っ向から喧嘩を売ったのが東野圭吾の『名探偵の掟』だ

東野圭吾は今は大衆向けの作家だけれど、昔は本格ミステリ物を多く書いている。『ある閉ざされた雪の山荘で』とか『仮面山荘殺人事件』とかはどんでん返しの傑作だ。

『名探偵の掟』は、東野圭吾の本格ミステリへの愛情で溢れていると思う。じゃないとミステリの「お約束(ノックスの十戒など)」を破り、タブーに挑んだこの本を書くことが出来ないと思う。『名探偵の掟』では、密室や見立て殺人などのミステリの「お約束」にどんどん切り込んで、パロディ化していく。東野圭吾先生ここまでやっていいんですか?と読者の側が心配になってしまう。本格ミステリが好きな人、普通のミステリに飽きた人に薦めたい。

 

 

黒い仏

9世紀の天台僧・円載にまつわる唐の秘宝探しと、1つの指紋も残されていない部屋で発見された身元不明死体。無関係に見える2つの事柄の接点とは? 日本シリーズに沸く福岡、その裏で跋扈する2つの力。複雑怪奇な事件の解を、名探偵・石動戯作(いするぎぎさく)は、導き出せるのか? 賛否両論、前代未聞、超絶技巧の問題作。 

ミステリには壁本というジャンルがある。壁本とは、あまりの超絶展開故に、壁に投げつけてしまいたくなる本の俗称である。この『黒い仏』は、その壁本の部類に入る。堂々とノックスの十戒を破り、後期クイーン的問題を逆手にとったミステリ!?になっている。あからさまにミステリでやってはいけないことをやっている。

『黒い仏』は、後期クイーン的問題に対するパロディだ。たぶんこの本を読んだ10人中8人ぐらいは怒りだすんじゃないだろうか。『黒い仏』は読む人を選ぶ作品だが、その衝撃度は保証する。無論、壁に投げつけるかどうかはあなた次第だ。著者の殊能将之は『ハサミ男』で有名なミステリ作家である。この『黒い仏』も、ある意味では『ハサミ男』にまさる衝撃がある。

 

 

夏と冬の奏鳴曲

首なし死体が発見されたのは、雪が降り積もった夏の朝だった!20年前に死んだはずの美少女、和音の影がすべてを支配する不思議な和音島。なにもかもがミステリアスな孤島で起きた惨劇の真相とは?メルカトル鮎の一言がすべてを解決する。

 麻耶雄嵩の小説というだけですでに問題作なのだけれど、『夏と冬の奏鳴曲』は麻耶雄嵩の中でも最大の問題作だ。作中を彩るキュビズムの衒学的な話といい、小説の構成といい、トリックの馬鹿馬鹿しさといい、奇書に相応しい問題作。特に密室トリックは唖然とするしかなかった。こんなに呆気にとられた密室トリックはないだろう。最後のカタルシスというか、今までの展開を完全にひっくり返すカタストロフィーは見もの。この本を読んだ10人中9人ぐらいは怒りだしそうだな。ミステリの解答編はカットされているので、ミステリの真相は自分で解釈して見つけないといけないことになっている。解釈サイトをみないとさっぱり意味が分からなかった。

 

 

九十九十九

「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」 聖書や創世記などの見立て連続殺人を主旋律に踊る、世界をゆるがす超絶のメタ探偵の魂の旅。ダンテの「神曲」をイメージさせる圧倒的なスケール感で迫る。

メフィスト賞出身の舞城王太郎の小説。ミステリの王道の見立て殺人が起こるが、『九十九十九』のメタ展開は異常。メタ構造が複雑すぎて良く分からない。

 

 

ディスコ探偵水曜日

迷子専門の米国人探偵ディスコ・ウェンズデイは、東京都調布市で、六歳の山岸梢と暮らしている。ある日、彼の眼前で、梢の体に十七歳の少女が〈侵入〉。人類史上最大の事件の扉が開いた。魂泥棒、悪を体現する黒い鳥の男、円柱状の奇妙な館に集いし名探偵たちの連続死──。「お前が災厄の中心なんだよ」。ジャスト・ファクツ! 真実だけを追い求め、三千世界を駆けめぐれ、ディスコ!!

こちらも舞城王太郎の作品。第五の奇書に入るんじゃないかなと思うぐらい癖が強い小説。こちらもメタ構造が凄いことになっている。

 

 

クリスマス・テロル

女子中学生・小林冬子。苫小牧から船に乗り、行き着いた先は見知らぬ孤島。いったいここは―後頭部を殴られ小屋に寝かされた文子は、監視の役目を依頼される。「見る」者と「見られる」者の関係が逆転するとき、事態は一変する。話題をさらった佐藤友哉の問題作ついに文庫化。

『クリスマス・テロル』も立派な壁本である。ミステリというよりかは、小説でやってはいけないことをやっている。メインとなる密室トリックも、現実性がなく賛否両論ありそうだ。最終章でこの本は、あらゆるものをどんでん返すのである。著者はメフィスト賞出身で、現在は純文学畑でも活躍している佐藤友哉。この佐藤友哉のことをよく知っていると、『クリスマス・テロル』がより楽しめる。佐藤友哉の作家生命をかけた渾身の問題作を是非味わって欲しい。無論、壁に叩きつけるかどうかはあなた次第だ。

 

 

333のテッペン

333のテッペン

333のテッペン

 

そのテッペンで死体ハッケン、東京タワー立入禁止。数に呪われた男。謎に愛される少女。東京タワー、東京ビッグサイト、東京駅、東京スカイツリー。東京中がミステリー空間に変貌する最新・最速エンターテインメント。

メフィスト賞出身の佐藤友哉の小説。デビュー作から続く鏡家シリーズといい、佐藤友哉は一筋縄ではいかないミステリを書いている。この『333のテッペン』も例に盛らず変格ミステリとなっている。ミステリの解決の仕方を逆手にとってパロディ化している。謎を解決するより、謎を解き明かすストーリーを捏造するミステリだ。

 

 

夏の名残りの薔薇

夏の名残りの薔薇 (文春文庫)

夏の名残りの薔薇 (文春文庫)

 

沢渡三姉妹が山奥のクラシック・ホテルで毎年秋に開催する、豪華なパーティ。参加者は、姉妹の甥の嫁で美貌の桜子や、次女の娘で女優の瑞穂など、華やかだが何かと噂のある人物ばかり。不穏な雰囲気のなか、関係者の変死事件が起きる。これは真実なのか、それとも幻か?

難解映画として知られる『去年マリエンバートで』を下敷きにしている恩田陸のミステリ。章が終わるごとに視点人物が変わり、他の人が知らないであろう「真実」が明らかになる。果たして誰の視点からが本当のはなしなのだろうか。「藪の中」に近いテイストの小説。

 

 

コズミック

コズミック 世紀末探偵神話 (講談社ノベルス)

コズミック 世紀末探偵神話 (講談社ノベルス)

 

本格ミステリ史上、最もバッシングを受けた鬼才のデビュー作。メフィスト賞の性格を決定づけ、後の作家に絶大な影響を与えた超問題作。1200の密室で1200人が殺されるという、密室卿を名乗る正体不明の人物からの犯罪予告が届く。1200年間、誰にも解けなかった密室の秘密を知ると豪語する密室卿の正体とは何か。JDC(日本探偵倶楽部)きっての天才にして、名探偵をも超越したメタ探偵・九十九十九が挑む!

メフィスト賞がイロモノ作品のための賞と言われるようになった原因。第1回受賞作は森博嗣であっただけに、この結果が悔やまれる。まさにイロモノの根源。発表当時のバッシングは凄かったらしい。あらすじを読んだら分かるように、この小説では並大抵のことでは事件が解決しない。想像以上のバカげた世界が広がる。

 

 

六枚のとんかつ

六枚のとんかつ (講談社文庫)

六枚のとんかつ (講談社文庫)

 

空前絶後のアホバカ・トリックで話題の、第3回メフィスト賞受賞作がついに登場! 新作『五枚のとんかつ』も併録。またノベルス版ではあまりに下品だという理由でカットされた『オナニー連盟』もあえて収録した、お得なディレクターズ・カット版。トリックがバレないように、必ず順番にお読みください。

『コズミック』ともに、メフィスト賞はイロモノ作品の賞だと言われるようになった戦犯。とにかく下品でしょうもない。バカミスの極みである。この『六枚のとんかつ』がメフィスト賞を受賞したことで、メフィスト賞のイロモノ路線は確定したのかもしれない。

 

 

 

関連記事

plutocharon.hatenablog.com