日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

どんでん返しの魔術師!乾くるみのおすすめ小説5選

乾くるみは、どんでん返しを仕掛けたミステリが魅力的な作家だ。

本格ミステリのギミックを恋愛小説やSF小説に組み合わせた作風はなかなか珍しい。どんでん返しと恋愛小説を組み合わせた『イニシエーション・ラブ』は、芸能人がオススメしたこともありベストセラーになった。どんでん返しの名作として真っ先に挙げられる名作ミステリだ。

乾くるみといえば、タロットシリーズというシリーズがある。

タロットをモチーフにしたシリーズで、「天童太郎」という人物が共通して登場する。それぞれの小説はタロットカードがモチーフになっている。

 

名前だけ見ると、乾くるみは女性のように思うだろうが、実は男性だ。乾くるみが男性というのが最大の叙述トリックかもしれない。 

 

 

 イニシエーション・ラブ

話題沸騰の二度読みミステリー!  僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて……。バブルにわく1980年代後半の世相や流行を背景に、甘美でときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から2行目(絶対に先に読まないで! )で、本書は全く違った物語に変貌する。

どんでん返しの傑作を上げると必ず名前が挙がるのが乾くるみの『イニシエーション・ラブ』。最後から二行目までは普通の恋愛小説だけど、最後から二行目で全く違う話になる恋愛ミステリだ。読み終わると、もう一回読み直して作中に散りばめられた伏線を確かめたくなる。最後の展開については男子と女子で感想が分かれそう...。前田敦子主演で映画化もされている。映像化不可能だと思っていたから、映画化が発表された時は驚いた...

 

 

 セカンド・ラブ

里谷正明は会社の先輩から誘われたスキー旅行で、内田春香と知り合う。交際を始めた2人は2月のある日、みなりのいい紳士に強引に呼び止められる。紳士は春香を新宿のパブで働く「美奈子」だと断じた。後日、店を訪れた正明は、春香にそっくりな女、美奈子と出会い驚愕する。はたして、美奈子の正体は春香なのか? ベストセラー『イニシエーション・ラブ』に続く「驚愕の恋愛ミステリー」第2弾!

セカンド・ラブ』は、 『イニシエーションラブ』と同じく巧妙な仕掛けが張りめぐされた恋愛ミステリだ。『イニシエーション・ラブ』と同様にちょっとしたどんでん返しが仕掛けられている。『イニシエーション・ラブ』は一気にどんでん返す小説だが、『セカンド・ラブ』の方はじわじわひっくり返す感じのどんでん返し小説だ。『イニシエーション・ラブ』と違って、オチの部分は賛否両論に分かれそうな印象。

 

 

リピート

もし、現在の記憶を持ったまま十ヵ月前の自分に戻れるとしたら?この夢のような「リピート」に誘われ、疑いつつも人生のやり直しに臨んだ十人の男女。ところが彼らは一人、また一人と不審な死を遂げて…。あの『イニシエーション・ラブ』の鬼才が、『リプレイ』+『そして誰もいなくなった』に挑んだ仰天の傑作。

リピート』は、『そして誰もいなくなった』と『リプレイ』を組み合わせた、新感覚のクローズドサークル系ミステリだ。

特殊な状況下で起こる不可解な死の真相が明かされる時、衝撃がおそう。 現在の記憶を持ったまま十カ月前の自分に戻れる「リピート」に成功して、人生の「やり直し」に臨もうとしている十人の男女。彼らは一人、また一人と、次々と不可解な死を遂げる。果たして誰が「リピーター」を殺しているのか?「死」という運命から逃れることはできるのだろうか?500ページ程あるが引き込まれてあっというまに読み終わってしまうのでオススメだ。

 

 

 Jの神話

全寮制の名門女子高を次々と襲う怪事件。一年生が塔から墜死し、生徒会長は「胎児なき流産」で失血死をとげる。その正体を追う女探偵「黒猫」と新入生の優子に追る魔手。背後に暗躍する「ジャック」とは何者なのか?「イニシエーション・ラブ」の著者が、女性に潜む“闇”を妖しく描く衝撃のデビュー作。

 『Jの神話』はメフィスト賞を受賞した乾くるみのデビュー作だ。メフィスト賞を受賞したミステリはクセが強いものが多いのだが、『Jの神話』も独特のクセを持つミステリだ。全寮制の名門女子高を次々と襲う怪事件。一年生が塔から墜死し、生徒会長は「胎児なき流産」で失血死をとげる。その正体を追う女探偵「黒猫」と新入生の優子に追る魔手。背後に暗躍する「ジャック」とは何者なのか?

 

 

匣の中

 最後に紹介するのは、乾くるみの変わり種小説『匣の中』だ。『匣の中』は、日本四大奇書の一つ『匣の中の失落』にオマージュが捧げられたミステリでもある。仕掛けが張り巡らされていて読み応えがある。

人生のマジックアワー / 『明け方の若者たち』 カツセ マサヒコ

ヘミングウェイはエッセイ『移動祝祭日』で、パリで過ごした青春の日々をこう語っている。

もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ 

誰にとっても青春時代はかけがえのないもので、その後の人生についてまわる移動祝祭日のようなものだ。

そんな、振り返れば全てが美しく感じるような青春の日々を『明け方の若者たち』では「人生のマジックアワー」と読んでいる。それは誰にとっても美しいものだろう。

 

『明け方の若者たち』は、Webライター・文筆家カツセマサヒコの小説だ。カツセマサヒコは、エモーショナルなツイートで注目を集めているインフルエンサーだ。『明け方の若者たち』はカツセマサヒコのデビュー作だが、クリープハイプの尾崎世界観や小説家の村山由佳といった著名人から推薦コメントが寄せられたこともあって話題を集めた。

同時代に青春を過ごした人なら刺さる音楽などの固有名詞が散りばめられていて、エモーショナルな小説に仕上がっている。自分も読んでいて、23・24歳の頃のマジックアワーのことを思い出していた。読んだ人が自分の青春時代を思い出すような小説でもある。結末にも触れて感想を書いていきたい。

 

 

彼女という沼に落ちていく人生のマジックアワー

明大前で開かれた退屈な飲み会で、僕は彼女に出会う。それは就活が終わった後に開かれた飲み会でのことだった。そこで出会った彼女に、「僕」は一瞬で恋をし彼女という沼にはまっていく。彼女と過ごした人生のマジックアワーがエモーショナルに語られる。

下北沢の本多劇場で観た舞台、「写ルンです」で撮った江の島、IKEAで買ったセミダブルベッド、フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。しかし、彼女との時間は唐突に終わりを告げる。そもそも始まりからして先が見えないのがわかっていた。

彼女は出会った当初から結婚していたのだ。僕はそれを知りながら彼女と付き合っていた。終盤までこの事実は伏せられているので、ちょっとしたどんでん返しだ。「僕」がみたい現実だけを切り取ったのが前半部分なら、後半では彼女のいない現実や何者にもなれない人生というほろ苦い現実が描かれる。

 

それでも、僕はあの月明かりの下で見た彼女の横顔が酔っ払った顔が、求める顔が、おもいきり笑った顔が、怒った顔が、泣いた顔が、何よりも好きだった。どれだけ周りがやめとけと言っても、たとえ法律や常識や正解が、二人を許さなかったとしても、僕は彼女と一緒にいたかった。こんなハズじゃなかった人生を、最後まで一緒に歩んでみたいと願ってしまった唯一の人だった

ほろ苦い現実ではあるけれど、やっぱり思い出は美しい。

 

 

固有名詞×日常がエモさを演出する

『明け方の若者たち』には固有名詞が多く散りばめられている。エモさで話題を集めた本書だが、その秘密は固有名詞にあるのではないかと思う。

同じくエモさが話題になった燃え殻の『ボクたちはみんな大人になれなかった』も、固有名詞がイメージを喚起してエモーショナルな小説になっていた。日常の描写に固有名詞を使うとエモーショナルな描写ができるのだ。

『明け方の若者たち』では、BUMP OF CHICKENの「ロストマン」やthe pillows「ハイブリッドレインボウ」が作中に登場して、小説を盛り上げる。僕はここら辺の世代なので、選曲といいどハマりした。

 

23・24歳は人生のマジックアワー?

 

「でも、二十三四歳あたりって、今おもえば、人生のマジックアワーだったとおもうのよね」

 

この小説で印象的なフレーズが「人生のマジックアワー」だ。社会人になりお金の余裕もできて、少しだが時間的な余裕もある。何ものにもなれずもがく焦燥感はあると思うけれど、無駄なあがきだって美しく思える日々だ。23・24歳ぐらいが青春を謳歌するのにちょうどいいのかなと思ったりする。

 

 

謎が解決しない?謎解きを宙吊りにする謎解きミステリまとめ

ミステリあるいは探偵小説では、謎が提示され探偵がそれを解決するという枠組みを持つ。大体の推理小説はこのような枠組みを持つことは納得してもらえると思う。謎がそのまま放置されたら気持ち悪いだろう。

だが、小説の中にはこの探偵小説の枠組みを崩し、謎が解かれずに宙吊りになる探偵小説がある。謎を宙吊りにする探偵小説という変わった枠組みは純文学、エンタメを問わず使われているのだ。謎を宙吊りにするミステリは、アラン・ロブ=グリエから始まり、安部公房、ポール・オースターと受け継がれている。

謎が謎を呼ぶ不思議な探偵小説について紹介したい。

続きを読む

地方都市の若者の苦悩をポップに描く!山内マリコのおすすめ小説5選

地方都市の閉塞感や空気感を描かせたら山内マリコの右に出るものはいないだろう。

昔は尖っていたけど歳を重ねて丸くなったマイルドヤンキーや、画一化された国道沿いの風景など山内マリコが描く地方都市の風景は、地方都市に住んだことがある人なら「分かる」と共感すること間違いなし。山内マリコ作品を読んでいて、寂れた商店街の描写があったときは地元のことを思い出してしまった。

山内マリコの十八番とも言えるのが、地方都市に住む女性の鬱屈を描くことだ。閉鎖的な地方で、ここでないどこかを夢見る女性の描写が本当に上手い。同じような経験がある人なら、小説が心にぶっ刺さり過ぎてダメージをくらうかもしれない。男性よりも女性からの人気が高いような印象がある。

地方都市の閉塞感をテーマにした小説が多かったのだが、最近では地方都市の再生をテーマにした『メガネと放蕩娘』や、東京の上流階級の閉塞性を描いた『あの子は貴族』のように、作風が広がっている。

またポップカルチャーも散りばめられていて、おしゃれな表現が多いのも特徴だ。

そんな山内マリコのオススメ小説を5つ紹介したい。

続きを読む

アバンギャルドなユーモア入門 / 『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』 中原 昌也

中原昌也は、日本現代文学の作家の中でも異端の作家だと思っている。

紋切り型の文章・表現の多用、ストーリーではなく規則性に従って小説を進行させる技法など同じような作風を持つ作家は日本にいないのではないかなと思う。近い作風だとヌーヴォー・ロマンの代表的な作家アラン・ロブ=グリエだろうか。

 

中原昌也の特徴が際立っている小説の一つが『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』だと思う。初めて『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』を読んだときは衝撃を受けた。理不尽なまでの短さ、ブラックすぎるユーモア、イメージをつなげて小説を進行させる技法、どれもが新しく感じられて、凄いもの読んだという気分になった。

 

短編集『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』では、短編にも満たないような枚数の小説が、理不尽な暴力や唐突な展開でピリオドを打たれている。その短さは暴力的であるとも言える。小説の種を発芽させて開花させるのではなく、芽が出始めのところで刈り取るのだ。とにかく一つ一つが短くて、無意味な暴力や紋切り型の表現が頻出し、内容も支離滅裂で結末も教訓もない。小説におけるクライマックスの意味を剥奪したようなアンチクライマックスの小説だ。

 

初めて『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』を読んだときは衝撃を受けた。理不尽なまでの短さ、ブラックすぎるユーモア、イメージをつなげて小説を進行させる技法。

 

 中原昌也の小説の魅力にブラックユーモアがある。人を選ぶかもしれないが、ブラックすぎるユーモアが癖になってしまうのだ。『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』は、中原昌也作品の中でもユーモアがよく効いていると思う。内容も支離滅裂だが、この本がもつブラックユーモアの魅力が原因か、何度でも読み返したくなる不思議な本だ。中原昌也を読んだことがない人に中原作品をオススメするなら『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』を勧めたい。

 

以下で詳しい内容や小説技法について書いていきたい。

続きを読む

緻密な構成が魅力の小説巧者!佐藤正午のおすすめ小説5選

佐藤正午は現代作家の中でも屈指の小説巧者だ。

 

文章と構成の両方が素晴らしく、小説巧者としか言いようがない。登場人物たちのウィットに富んだ会話はクセになり、緻密でたくらみに満ちた構成に驚かされる。時系列をシャッフルした構成など、技巧的な構成が特徴だ。

 

男女の微妙な距離感を描くのが非常に上手く、過去の淡い恋愛を感傷的に描いた小説はかなりエモーショナルだ。『女について』に収録されている「糸切歯」や『夏の情婦』に収録されている「二十歳」、『Y』など恋愛小説の名作が多い。短編小説では私小説とフィクションの間ともいえるような身近な恋愛話が綴られることが多い印象。

 

小説の登場人物の特徴だが、ダメ男が出てくることが多い。ダメ男を描かせたら太宰治に匹敵するのではないかと思っている。『個人教授』や「夏の情婦」などの主人公のダメ男ぶりは特筆するものがある。

 

佐藤正午は『永遠の1/2』でデビューした。ペンネームの「正午」は、佐世保市内の消防署が正午に鳴らすサイレンの音を聞いて、小説書きにとりかかるという習慣から来ている。佐世保市在住で執筆を行っていて、地元から出ないことが知られている。直木賞の授賞式では欠席したことが話題にもなった。

月の満ち欠け』で直木賞を受賞した。いくらなんでも遅すぎるのではないかと思っている。『ジャンプ』や『Y』、さらには『鳩の撃退法』という傑作を発表しているのに見逃した功罪は大きい。このまま無冠の帝王になるのかなと思っていたので、直木賞受賞は1ファンとして嬉しい。ただ、他にも直木賞受賞にふさわしい作品が多数あることは確かだ。

 

名作が多いので5つ選ぶのに苦戦したが、小説巧者・佐藤正午のおすすめ小説5選を紹介したい。

続きを読む

兄妹の関係性の変化 / 「ファミリー・アフェア」 村上 春樹

ファミリー・アフェア」は村上春樹の短編小説の中でも個人的に大好きな小説だ。僕が「ファミリー・アフェア」が好きな理由は、文章のウィットにある。この小説では、主人公が冗談好きというのもあって、とにかく気の利いた表現が多くて面白い。また主人公が偏狭なこともあってか、捻くれたジョークが多いのも特徴だ。

 

村上春樹の短編の中でも人気が高い「ファミリーアフェア」だが、村上春樹の中でも珍しいタイプの短編小説だなと思っている。その理由を2点書いてみよう。

 

続きを読む