日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

『こころ』のパロディ / 『彼岸先生』 島田 雅彦

『彼岸先生』は『こころ』のパロディ

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ポルノなんだか、SFなんだか、政治小説なのか、ミステリーなのかわからない不思議な恋愛小説を書いている小説家の先生は川の向う岸に住んでいる。だから…彼岸先生。東京、ニューヨークで女性遍歴を重ねたドン・ファンで、プロの嘘つきである先生を、ぼくは人生の師と見立てたのだった。

 僕は島田雅彦の小説が結構好きなのだけれど、一番好きな小説が『彼岸先生』だ。読んでみるとわかるのだが、この『彼岸先生』は、夏目漱石の『こころ』のパロディになっている。主人公に先生といって慕っている人がいるところ、三角関係(彼岸先生、弟子、愛人)があるところ、先生が自殺しようとするところ(『彼岸先生』では自殺未遂に終わる)、先生から日記が送られてくるところなど、夏目漱石の『こころ』のモチーフがふんだんに使われている。けれど、『こころ』のようにドロドロした重い話ではなく、むしろ軽いぐらいで、ポルノ小説に近いような不思議な小説だ。まさに作中の彼岸先生が書いているような、「ポルノなんだか、SFなんだか、政治小説なのか、ミステリーなのかわからない不思議な恋愛小説」だ。

 

先生の日記

先生の日記のパートのエピソードは、読み終わるのが惜しいぐらい面白い。彼岸先生自身が嘘しか書かないと言っているように、本とかどうかわからない奇想天外なエピソードが飛び出してくる。『こころ』には決して似合わないような軽妙な文体で、次から次へとぶっ飛んだエピソードが語られる。ほとんどがセックスの話にいきつくので、ポルノ小説を読んでいるような気分になる。その軽薄さが癖になる。先生の日記の中で描かれるのは彼岸先生の女性遍歴だ。次から次へと女を渡り歩く彼岸先生。日記自体が本当のことなのか、フィクションなのかは分からない。

 

最後の響子さんの手紙

 最後の最後に、彼岸先生の元に響子さんからの手紙が届く。解説にあるように、この手紙は響子さん自身がかいたものではなく、おそらく菊人が書いたものだろう。何故なら、宛先が「彼岸先生」となっているから。この作中で、「彼岸先生」と呼んでいるのは菊人しかいない。これとは別の解釈だけれど、先生の日記にも彼岸という言葉が何回か出ていたので、日記も菊人が書いたものという読み方はできないだろうか。菊人が彼岸先生という歴史を創り上げたというものだ。かなり無理があるような気がするが。

 

彼岸先生のような先生がいたら、弟子になってみたいなと思う。

 

彼岸先生 (新潮文庫)

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