日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

ゲスの極み男のモラトリアム / 『個人教授』 佐藤 正午

 佐藤正午作品の中でNo1のダメ男 f:id:plutocharon:20171224025533j:image

桜の花が咲くころ、新聞記者を休職中のぼくは一つ年上の女とある酒場で再会し、一夜をともにする。そして、数ヵ月後、酒場に再びぼくが訪れた時に聞いた噂は、二十八歳の彼女は妊娠しているというものだった。しかも彼女は行方不明。父親はぼくなのか?ならばなぜ彼女は妊娠していることをぼくに知らせないのか?教授、魅力的な夫人、十七歳の少女、風変わりな探偵。悲しみも夢も希望もある人々とめぐり会いながら、彼は彼女の行方を追う―。

いつの時代にも女にだらしないダメ男はいる。太宰治の小説にもよく出てくる。というよりも太宰治自身もそんな感じだが。女をとっかえひっかえして、挙句の果てに妊娠させてしまう。そんなダメ男が『個人教授』の主人公・松井英彦だ。佐藤正午の小説の中でもNo1のダメ男だと思う。松井英彦はとにかく女にだらしなく、色んな女性と関係を持ち、ついには妊娠させてしまう(しかも2人も!)。しかも清々しいまでに自己中心的な男で責任も取らず、休職して仕事もせず夜な夜な飲み歩いている。まさにゲスの極み。タイトルが『個人教授』となっているように、ダメ男松井英彦の師匠である「教授」という人物も出てくるのだが、こちらもダメ男である。この「教授」なる人物は定職につかず、夜な夜な飲み歩いている。「教授」と呼ばれているが、実際は教授ではなく、松井英彦が一方的に慕っていて「教授」と呼んでいるのである。この主人公・松井英彦と「教授」の一方的な師弟関係は夏目漱石の『こころ』の「私」と「先生」の関係を彷彿とさせる。

 

ダメ男のモラトリアム

そんな札付きのダメ男・松井英彦は新聞記者を休職して無為に過ごしている。松井は佐藤正午の小説にありがちな自己中心的な人物として描かれている。松井のモラトリアム生活に花を添えているのは「教授」と「夫人」と謎の探偵だ。「教授」は前述のとおりダメ男である。だけれど「教授」の講義は何故か魅力的である。酒場でする他愛もない話がユーモアにあふれ輝いている。やっぱり佐藤正午の小説の会話は洒脱でいつまでも読んでいたい。「個人教授」という同じタイトルの映画のように、松井は年上の人妻「夫人」に恋をしている。松井と「夫人」は契約をかわして関係を持つようになった。いわゆる男娼というものだが、松井は真剣に恋に落ちている。松井を調査しているときに本人に気づかれた探偵も良い味を出している。尾行中に西瓜を買っているというのがまず面白い。こんな風に個性豊かな登場人物が物語に花を添えている。

 

 

松井の前から人が次々と去っていく

夫人、宮口みちよ、西沢ふみこ、教授。松井の前から次々に人が去っていく。恋人関係にあった宮口は子どもを生まないことに決め、一夜だけの関係の西沢は子どもを生むことを決意する。 もはや二人とも松井を必要とはしていないのだ。夫人も松井との関係をきれいさっぱり清算する。松井だけが新たな一歩を踏み出せていないように思える。だけど、最後の最後で仕事に復帰することになり、新たな一歩を踏み出すことを余儀なくされる。夫人や教授がいない街で松井はどのように生きていくのであろうか?

 

 

行方不明者というモチーフ

ジャンプ (光文社文庫)

ジャンプ (光文社文庫)

 

 この小説のメインストーリーは妊娠して行方が分からなくなった女の行方を主人公が追うというものだ。その女性探しが主人公の自分探しに通じてくる。松井と関係を持ち、子どもを身ごもった女たちはそれぞれ考え、自分の意志で生き方を決めていく。ある人は子どもをあきらめ、一方は子どもを産み自分で育てていくときめた。この小説で出てくる男たちはほとんどダメ男だけれど、女性たちはみんな芯が強い。行方不明というモチーフや、女性の意志や決断といい、この『個人教授』には『ジャンプ』に通じるものが多く感じられた。

 

 主人公がゲスすぎて感情移入しにくいので一般受けはしなさそうだけど、個人的には好きな青春小説だ。この小説は第二回山本周五郎賞の候補になっていて、吉本ばななの『TSUGUMI』と競って惜しくも受賞を逃している。村上春樹の初期作品が好きな人ならきっとハマると思う。

 

個人教授 (角川文庫)

個人教授 (角川文庫)