日々の栞

本や映画について気ままに書く。理系の元書店員。村上春樹や純文学の考察や感想を書いていく

過ぎ去ってゆく青春 / 『風の歌を聴け』 村上春樹

村上春樹の原点 

 

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」 

 

この印象的な書き出しで始まるのが『風の歌を聴け』。群像新人文学賞を受賞した村上春樹のデビュー作だ。この小説は日本文学にとってエポックメイキングとなるような小説だと思っている。「文学作品」にありがちな特有の「硬さ」がなく、ポップで読みやすい。初めて読んだとき、こんな小説も文学としてありなんだとかなり新鮮な印象を受けた。デビュー作から村上春樹らしさは全開で、音楽の蘊蓄や洒脱な比喩が小説に散りばめられている。また村上春樹特有の井戸のモチーフも出てきている。散文的でこれといったストーリーはないのだけれど、一つ一つの断片的な話や卓越した比喩表現が魅力的で何度も読んでしまう。ふと手に取って、開いたページを読みたくなる。

 

この小説では、「僕」と「鼠」が過ごしたひと夏の青春の日々が描かれている。色んな人との出会い、今まで「僕」が出会ってきた人のこと、特に有益なことがない青春の日々、そして夏の終りともにやってくる別れがどこか達観している乾いたタッチで描かれている。

 

 

青春三部作の一作目

1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)

 

 

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

 

 この『風の歌を聴け』は村上春樹のデビュー作であると同時に、『1973年のピンボール』・『羊をめぐる冒険』に連なる青春三部作の一作目である。「僕」と「鼠」が主な主人公で、青春と喪失が描かれている。

 

 

 

ホットケーキにコーラ

 

 ビールやフライドポテトなど、この小説には印象的な食事のシーンがある。特に印象が残ったのはホットケーキにコーラをかけて食べるシーン。ホットケーキにコーラという斬新な組み合わせ...いつか試してみたいと思っているものの、なかなか勇気が出ない。

 

 

謎の作家:デレク・ハートフィールド

 

この『風の歌を聴け』を読んでいると気になるのが、謎の作家デレク・ハートフィールド。ハートフィールドの小説を読んでみたいと思って図書館やAmazonで探してみたものの、なかなか見つからない。それもそのはず、デレク・ハートフィールドは架空の作家!すっかり騙された...ヘミングウェイフィッツジェラルドと並んで語られているからすっかり実在すると思っていた。この架空の作家・デレク・ハートフィールドを通じて文章や小説について語られている。

 

 

過ぎ去っていく青春

 

主人公の「僕」はどこか受け身的というか、あきらめというか、「やれやれ」といった感じで退屈日々を送っている。描写の一つ一つにあきらめというか村上春樹特有の達観が感じられる。そんな退屈な日々でも青春というマジックによって特別めいた日々に見えてくる。村上春樹の小説を無性に読みたくなるのは、手のひらから零れ落ちる砂のように過ぎ去っていった青春の日々を再び味わえるからではないだろうか。距離的に遠く離れた故郷なら帰ることはできるけど、過ぎ去った青春の日々には決して戻ることが出来ない。だけど、村上春樹の小説は一時的であるにせよ、読んでいる間はその日々に戻ることが出来る。だから何度も読んでしまうのだろう。

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)