日々の栞

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大学生のうちに読んでおきたい本リスト

大学を卒業するまでに読んでおきたい本

大学を入る前は、名作古典小説をどんどん読んでいくと意気込んでいたけれども、いざ大学に入ってみると、なかなか本が読めない。バイトやら、部活やら、実験レポートやらなんやらで、時間がどんどん削られていく。まあ時間を捻出しろよっていう話になるけれど、なかなか時間が捻出できない。もう卒業まで半年ぐらいしかないけれど、大学を出る前にこれだけは個人的に読んでおきたい本をとりあえず殴り書きしてみる。

 

日本近現代文学

 

内向の世代

 

日本現代文学

 

シェイクスピア四大悲劇

 

ロストジェネレーション

 

ポストモダン文学

ヌーヴォー・ロマン

 

 

ちょっとおかしな野球小説まとめ

ポストモダンチックな野球小説

 

野球をモチーフにした小説と言えば『バッテリー』といった青春小説が多いけれど、突拍子もないポストモダン文学も存在する。需要があるのかは知らないけれど、以下にまとめてみる。

 

 

 ユニヴァ―サル野球協会

ユニヴァーサル野球協会 (白水Uブックス)

ユニヴァーサル野球協会 (白水Uブックス)

 

 新人投手デイモン・ラザーフォードの完全試合達成まであと一人! スタンドの観客は固唾をのみ、デイモンの投球を見守る──ユニヴァーサル野球協会は、冴えない中年の会計士ヘンリーの頭の中だけに存在する野球リーグだ。試合展開を決めるのはサイコロと各種一覧表。架空のゲームのスコアをつけ、球団勝敗表や選手の成績を記録し、彼らの逸話やリーグの栄光の歴史を空想することにヘンリーの毎日は捧げられている。だが、完全試合を達成した新人投手を悲劇が襲った時から、虚構と現実の境界が崩れだし、ヘンリーの人生は狂い始める。野球ゲームの世界に没入する男の物語を通して、アメリカの歴史や政治や宗教を語り直し、現代の神話を創造するポストモダニズム文学の殿堂入り名作。

これは野球に打ち込む高校生の青春小説でもなんでもなくて、一風変わったポストモダン文学だ。

 

 

 

 素晴らしいアメリカ野球

素晴らしいアメリカ野球 (新潮文庫)

素晴らしいアメリカ野球 (新潮文庫)

 

ギル・ガメシュはリーグ史上唯一審判を殺そうとした監督、一塁手ジョン・バールはアル中の凶状持ち、三塁手ウェイン・ヘケットは最年長52歳と、放浪球団マンディーズは厄介者だらけ!珍記録を次々と樹立し、あげく反米スパイ事件の汚名まで着せられて…。アメリカの夢と神話を痛快に笑い飛ばした、米文学史上最凶の大問題作

ハチャメチャすぎる野球小説!?。

 

 

 優雅で感傷的な日本野球

優雅で感傷的な日本野球 〔新装新版〕 (河出文庫)

優雅で感傷的な日本野球 〔新装新版〕 (河出文庫)

 

ぼくは野球を知らなかった。ぼくの友だちもパパもママも先生さえも知らなかった。「野球を教わりたいんです」―“日本野球”創世の神髄が時空と国境を越えていま物語られる。一九八五年、阪神タイガースは本当に優勝したのだろうか?第一回三島由紀夫賞受賞の名作。

高橋源一郎三島由紀夫賞受賞作。こちらもポストモダン文学となっている。

 

 オブ・ザ・ベースボール

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

 

ほぼ一年に一度、空から人が降ってくる町、ファウルズ。単調で退屈な、この小さな町に流れ着き、ユニフォームとバットを身につけレスキュー・チームの一員となった男の物語。奇想天外にして自由自在、文學界新人賞受賞の表題作に、知の迷宮をさまようメタフィクション小説「つぎの著者につづく」を併録。

 

 

螢の旋律にあなたは騙される / 『螢』 麻耶 雄嵩

オカルトスポット探険サークルの学生六人は京都山間部の黒いレンガ屋敷ファイアフライ館に肝試しに来た。ここは十年前、作曲家の加賀螢司が演奏家六人を殺した場所だ。そして半年前、一人の女子メンバーが未逮捕の殺人鬼ジョージに惨殺されている。そんな中での四日間の合宿。ふざけ合う仲間たち。嵐の山荘での第一の殺人は、すぐに起こった。

今までに僕は光る蛍を実際に見たことがない。蛍の光に包まれるという幻想的な体験を一度でもいいから体験してみたい。ホタルを漢字で書くと蛍だが、難しい方の漢字では螢と書く。この二つの違いはよく分からないけれど、漢字が難しい方の蛍は村上春樹の短編とか、小説のタイトルではよく見かける気がする。今回の「螢」はミステリーのほうの螢。作者は、問題作を次々に発表している麻耶雄嵩。この『螢』もどんでん返しの名作と言われているけれど、他のどんでん返しとは一線を画す、変化球的なミステリである。どんでん返し系のミステリを読みなれている人の方が楽しめると思う。

 

ストーリーは、突然の嵐で陸の孤島と化したファイアフライ館でおこる殺人事件という、クローズドサークルの定番となっている。舞台のファイアフライ館は、過去に作曲家の加賀螢司が演奏家六人を殺したいわくつきの場所だ。そこを訪れたオカルトスポット探険サークルの学生六人はファイアフライ館に合宿に来るのだが、例によって嵐がきて、外部にでれなくなるのである。ここまで読んでいると、なんだ普通のクローズドサークルじゃないかと思うかもしれない。しかし、普通のミステリーで終わらないのが麻耶雄嵩この本には色々と仕掛けが張り巡らせる。ある仕掛けは、どんでん返しもののミステリーを読みなれた人なら気づくかもしれない。だが、ある仕掛けは絶対に見破れないだろう。こんな仕掛けは前代未聞だし、違和感を感じていても、まさかそんなことになっているとは誰も思いつけないだろう。これは絶対に騙される。ぜひ挑戦してみてほしい。

 

 

一つ目の叙述トリック:三人称諫早視点ではなく長崎の一人称視点

主人公の人称にはうすうす気づいたけど、性別誤認をそう使ってくるのが新鮮やな。単に、ボクっ娘で、百合なのかなって思いながら読んでいたら、

 

ファイアフライ館の秘密

 

館自体が楽器になっている。サクラダファミリアみたい

 

衝撃のエピローグ

エピローグで誰が生き残ったかはよく分からない。

 

 

螢 (幻冬舎文庫)

螢 (幻冬舎文庫)

 

 

伊坂幸太郎の変化

一期は純粋なエンターテインメント
2期は純文学的な手法を用いた小説
3期はエンターテインメントの手法を用いて純文学的なテーマを描いている気がする。

ヌーヴォー・ロマンって知ってる?

ヌーヴォー・ロマンって知ってる?

 

ヌーヴォー・ロマンという言葉をご存じだろうか?たぶん、かなりの文学好きじゃないと、知らないのではないかな。ヌーヴォー・ロマンとは、1950年代のフランスで盛り上がった、前衛・実験文学の潮流である。戦後のフランスでは、これまでの小説の根幹を覆すような小説が次々と発表されていた。その小説群は前衛的で実験的な内容からヌーヴォー・ロマン(新しい小説)」と呼ばれるようになった。ヌーヴォー・ロマンを代表する作家としては、アラン・ロブ=グリエ、ミシェル・ビュートル、クロード・シモンナタリー・サロートなどが挙げられる。サミュエル・ベケットマルグリット・デュラスの小説も含まれる場合がある。文章の魅力やストーリーの面白さではなく、小説の可能性を追い求めたヌーヴォー・ロマンの作家たち。二人称などの人称の実験や、プロットの一貫性や心理描写が抜け落ちていたり、意識の流れの叙述、客観的な描写の徹底など、様々な実験が試みられた。下に代表的な作品を上げていく。

 

 

アラン・ロブ=グリエ 

 

ヌーヴォーロマンといえばアラン・ロブ=グリエ河出文庫講談社学術文庫光文社古典新訳文庫などで出版されているので、ヌーヴォーロマンの作家の中でも、作品が入手しやすい。

 

 

消しゴム

消しゴム (光文社古典新訳文庫)

消しゴム (光文社古典新訳文庫)

 

 

迷路のなかで

迷路のなかで (講談社文芸文庫)

迷路のなかで (講談社文芸文庫)

 

 

 快楽の館

快楽の館 (河出文庫 ロ 2-1)

快楽の館 (河出文庫 ロ 2-1)

 

 この『快楽の館』はタイトルからするとただの官能小説のように見えるが、人を選ぶ前衛小説となっている。青い館で行われる夜会と舞台、老人の不可解な死、女を手に入れるために奔走する男。謎に惹きつけられてページをめくっていくが、さらに謎が深まり、真実は一つにならず、色々な解釈が生まれる。決してミステリーのように一つの真相に至らない。一人称は「ぼく」のはずなのに、知りえないはずの光景まで記述されてゆく。まるで夢を見ているよう。そして「意識の流れ」の技法が使われていて、思考がとりとめもなく流れていく。小説内で起こる出来事は時系列に並べられることを拒絶し、ただイメージや場面が反復されてゆく。

 

 嫉妬

嫉妬 (1959年)

嫉妬 (1959年)

 

 

 

 

ミシェル・ビュートル

 

心変わり

心変わり (岩波文庫)

心変わり (岩波文庫)

 

 

 時間割

時間割 (河出文庫)

時間割 (河出文庫)

 

 

 

クロード・シモン

 

路面電車

路面電車

路面電車

 

 

 

農耕詩

農耕詩

農耕詩

 

 

 

フランドルへの道

フランドルへの道

フランドルへの道

 

 

 

 

ナタリー・サロート

 

ナタリー・サロートの作品は入手しづらくなっている。

 

 

 

 

 

 

今、日本ではヌーヴォー・ロマンの小説は多くが絶版になっており、手に入れることが難しくなっている。今や、ヌーヴォー・ロマンはすっかり忘れてさられているか、あるいは全く知られていないと思うが、小説の可能性を追求しえられたことは今の文学にも引き継がれていると思う。少し前に純文学で流行っていた視点移動や人称操作も、元をたどればヌーヴォー・ロマンに辿りつくのではないだろうか。またミステリーのトリックにも、ヌーヴォー・ロマンの技法がつかわれていたりする。今は昔ほど小説が読まれなくなっている。別に小説を読まなくたって、映画にテレビ、ゲーム、スマートフォンVR、など娯楽は山ほどある。だから、小説にしかできないことがないと読者に選んでもらえないのではないだろうか。小説にしかできないこと、今までにないような小説、そんな小説の可能性を追求する小説を読みたい。

 

 

 

 

 

佐藤正午の隠れた名作 / 『取り扱い注意』 佐藤 正午

佐藤正午の隠れた名作

 

佐藤正午自身余り知名度がないのだけど、その佐藤正午の小説の中でも取り扱い注意は知名度が低い。この小説はとにかく変則的だ。時系列はバラバラになっているし、出てくる登場人物も普通からは縁遠い人たちだ。会話がとにかく秀逸なのである。

 

 

 

取り扱い注意 (角川文庫)

取り扱い注意 (角川文庫)