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日々の栞

本、映画、ファッションについて気ままに更新

村上春樹『騎士団長殺し』と又吉直樹『劇場』で新潮社の勢いが止まらない

調子いいんじゃない!?新潮社

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

 

 

どこの本屋に行っても大量に置かれている村上春樹の新刊『騎士団長殺し』。『1Q84』以来の本格長編ということもあり、売れに売れている。いつもの内容を明かさない手法をとっていてそれもきいているのかな。もうすでに累計発行部数が100万部以上になっているらしい。恐るべし村上春樹。ここまで話題になって、売り上げもある作家って日本には村上春樹ぐらいしかいないのでは。

 

新潮 2017年 04月号

新潮 2017年 04月号

 

 

そして、五大文芸誌の一つ、新潮社の『新潮』も売れている。又吉効果で「劇場」が掲載された4月号は異例の売り上げを見せているようだ。そして、この「劇場」は早くも単行本化が決まったらしい。又吉先生凄いな。

 

しんせかい

しんせかい

 

 

村上春樹又吉直樹の影でもはや話題にもされないし、あまり売れている気配がない山下澄人の『しんせかい』も新潮社から発売されている。新潮社絶好調だな。

 

 

 

同じ歩調で年老いていくことの幸せさ / 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」 F・スコット・フィッツジェラルド

F・スコット・フィッツジェラルド 文学 小説 ロストジェネレーション

時間を逆行して生きるベンジャミン・バトンの数奇な人生

 

 

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老人として生まれて、どんどん若返っていき、最後には赤ちゃんとなって死んでいく・・・年を取るたびに若返るなんていいじゃない!って思う人もいるだろう。しかし事態はそう簡単じゃない。人と同じ歩調で年を取るという当たり前に思えることがいかに素晴らしいかをこの「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は教えてくれる。

 

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」はF・スコット・フィッツジェラルドによって書かれた短編小説だ。フィッツジェラルドはロストジェネレーション(自堕落な世代・迷える世代)を代表するアメリカの作家である。フィッツジェラルドの代表作『グレート・ギャッツビー』は20世紀アメリカ文学の最高傑作の一つと言われている。『グレート・ギャッツビー』は村上春樹によって訳されており、村上春樹作品の中にもしばしば出てくる(『ノルウェイの森』など)。ロストジェネレーションという言葉は、ガートルード・スタインヘミングウェイに投げかけた台詞からきている。ロストジェネレーションというのは、第一次世界大戦に遭遇して、既成の価値観に懐疑的になった世代の小説家を指し、代表的な作家にF・スコット・フィッツジェラルドアーネスト・ヘミングウェイがいる。

 

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [DVD]

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [DVD]

 

 

この「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」はデヴィッド・フィンチャー監督によって映画化されている。主演はブラッド・ピットで、アカデミー賞美術賞・視覚効果賞を受賞している。

 

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は、老人として生まれて、若者へと時間を逆行して生きるベンジャミン・バトンの文字通り「数奇な人生」を描いた作品である。1860年の夏、ロジャー・バトン夫妻のもとに奇妙な「赤ちゃん」が生まれる。なんとその「赤ちゃん」は老人のような姿だったのである。そして精神的にも老人であり、生まれた直後に喋りだすのである。ベンジャミン・バトンと名付けられたその子どもは、周囲に冷たくあしらわれながらも強く生きていく。そして周囲の人間と同じように恋愛や苦悩、成功、結婚を経験していく。だがベンジャミン・バトンは老化することなく、どんどん若返っていく。若返っていくうちに周囲の人との年齢差が縮まり、打ち解けていくベンジャミン・バトン。そして美しい女性ヒルデガルドと恋に落ちて、結婚することになる。仕事も順調で順風満帆のように見えたが、周囲の人とは異なる時間の進み方がベンジャミンを孤独にしていく。年を取るにつれて若返るベンジャミンと年老いていくヒルデガンド。すれ違う電車のように、時の流れの違いによって二人の心が離れていく。ベンジャミンは年老いていくヒルデガンドに魅力を感じれなくなる。そして、若返るにつれて幼くなり頭も上手く働かなくなる。そして最後にベンジャミンの意識は生まれた時と同じ闇の中に埋もれていく…この小説を読んでいると人生の始まりと終わりは案外同じようなものに思えてくる。混濁の中から始まり混濁の中で終わる。同じ歩調で人生を歩き、景色を楽しむという一見して普通のことのように思えることが、実はかけがえのないことなのである。ベンジャミン・バトンが送った数奇な人生は、私たちに一緒に年を取ることの幸せさを教えてくれる。 

ベンジャミン・バトン  数奇な人生 (角川文庫)

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 (角川文庫)

 

 

 

哲学的ゾンビ / 『ゾンビ』 村上春樹

小説 村上春樹

 最近どこの本屋に行っても村上春樹の『騎士団長殺し』が平積みされている。本が売れないと言われる中、ここまで売れる村上春樹は本当にすごいなと思う。小説の発売に並ぶというのはほとんどない気がする。村上春樹以外だとハリー・ポッターぐらいかな。純文学ではなくて、大衆寄りだと言われたりして批判を受けることもあるけど、ここまで人を引き付ける作家ってほとんど気がする。

 

騎士団長殺し』には、雨月物語が引用されてミイラの話が出てくるけど、今回は村上春樹のゾンビの話。タイトルはそのまま『ゾンビ』で『TVピープル』という短編集に収録されている。ショートストーリーとも言えるような短編小説となっている。あらすじは、あるカップルがいて、実は男の方がゾンビ...だという夢を見る話。しかし、現実も…

 

この話を読んでいると哲学的ゾンビという思考実験を思い出した。他人に心があるのかどうかは分からないということを示唆する思考実験である。確かに、他人に心があることの証拠なんてどこにあるんだろ?と色々関係ないことを考えながら読んでいた。

 

 

 

TVピープル (文春文庫)

TVピープル (文春文庫)

 

 

時の洗礼を受けていないものを読むな/『読書について』

 核心をついている読書論

読書とは他人に考えてもらうことで、読書をしすぎると自分で考えなくなっていく。一見するとそんなことはないだろうと思えるが、実は読書の核心を突いている。この『読書について』は多読を推奨するのではなく、思考停止になっていると批判している。他にも古典作品を推奨したりと、現代の感覚からするとズレているように思える。しかし、自ら考えることもせず、他人の思想をただなぞるだけの読書に何の意味があるだろう。本書で書かれているように、自分で考え抜いた知識にこそ意味があるのだと思う。現代の読書術というのは、いかに短時間で多くの本を読んで情報を得るかに重点が置かれているものが多い気がする。「読書について」のように、しっかり思索することに重点を置いた本は少ないように思える。

 

時の洗礼を受けてないものは読むな

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 

『読書について』を読んでいると、村上春樹の「ノルウェイの森」の中で永沢さんが「俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。人生は短い」と言っていたのを思い出す。大きな書店で働いていたことがあるのだが、時の洗礼に耐えうる本って本当に少ないんだなと実感した。ほんの数年前の本でも絶版になっていることもあるし、数十年前の本なら大半が絶版になっている。一方で、出版不況と言われる今でも数多くの本が出版されている。ビジネス書や自己啓発本を立ち読みしてみると、スカスカであまり大したことを書いていない本も多い。インターネットやSNSの発展により、誰もが気軽に発言できるようになり、私たちは情報の洪水に飲み込まれるようになった。この状況では、効率よく情報を処理することが求められてくる。しかし、その中で時の洗礼に耐えうる本はほんのわずかじゃないだろうか。確かに、氾濫する悪書よりも時の洗礼に耐えた良書を読むほうが有意義なんじゃないかなと思えてくる。

 

 

古典の意義

城 (新潮文庫)

城 (新潮文庫)

 

 

 

訴訟 (光文社古典新訳文庫)

訴訟 (光文社古典新訳文庫)

 

 古典になる本というのは数少ないと思う。ベストセラーとなった本でも、経年劣化してその輝きを失ってしまうということがよくある。普遍的な真理や感情を描いた本、類稀なる想像力で作られた本などは古典になるんじゃないかなと思う。古典の素晴らしさを考えると、フランツ・カフカの作品が思い浮かぶ。中々城に辿り着けない『城』、よく分からないまま逮捕されてしまう『訴訟』など、システムに翻弄される現代人に当てはまりような内容である。カフカの作品は時を経るごとに色褪せていくのではなく、寧ろ時が経つにつれて新たな解釈が生まれてますます輝きを増しているように思える。カフカの作品を読むと、優れた想像力は経年劣化に耐えうることを実感させられる。

 

多読を奨励しない、古典を奨励しているというのは現代に逆行しているように思う。しかし、情報を処理するので精一杯で、思考停止に陥っていないだろうか?自分で考え抜いた知識にこそ意味があると説くショウペンハウエルの「読書について」は、現代人に警鐘を促す良書だと思う。この本の素晴らしさは、この本が時の洗礼に耐えたという事実が証明している。

 

 

読書について 他二篇 (岩波文庫)

読書について 他二篇 (岩波文庫)

 
読書について (光文社古典新訳文庫)

読書について (光文社古典新訳文庫)

 

 

雨男・雨女についてのあれこれ

雑記

僕は雨男です。雨宿りしたら雨が止むのですが、外にでるとまた雨が降ってくる。家から出たタイミングで雨が降り出すのはしょっちゅうあります。イベント事の幹事をすると天気が悪くなり、挙げ句の果てに家から出すなと言われる始末。駅について外にでると雪が降ってきたことも。雨だけじゃなく雪にも対応してるのか。雨男という自覚はあるのですが、傘を持つのが嫌いで折り畳み傘を携帯してないのでよく雨に濡れます。

 

そんなこんなで、雨男なので時たま雨男・雨女についてよく考えます。「雨男・雨女って科学的に根拠があるのか⁉︎」統計とかとったら面白い結果が出るんじゃないかなと思ってます。僕は雨を引き寄せる雨男・雨女というのは、記憶の改竄によって生まれるものだと思ってます。個人的な印象ですが、雨男・雨女と言われる人はネガティブな人が多いなと。ネガティブな人は、ついてないことがあるとそのことが強く印象に残って、運が良かったことを忘れてしまい、あたかも悪いことしか起こっていないと思ってしまうのではないでしょうか。僕も、雨に降られなかったときもあるのですが、雨が降ってきたときの方がよく覚えていて、あたかもいつも雨しか降っていないと感じてしまいがちです。雨男・雨女とは運良く雨が降らなかった時もあるが、結局雨が降った時のことしか覚えていないみたいなことではないでしょうか。被害妄想みたいな感じですね(笑)

 

昔友人に「雨男だったら、雨乞いせずに雨を降らせれるから、昔だったら絶対奉られてたな。卑弥呼みたいになれたわ」と言ったら、「雨を降らせるだけで、止ませることができなかったら意味なくね。コントロールできるからいいんやろ。降らせるだけなら、逆に疎ましがられるやろ」と言われました。確かに。

 

そういえば、雨男・雨女をモチーフにした小説、映画ってあんまりないな。僕が知ってるのは伊坂幸太郎の『死神の精度』ぐらいです。でもあれは死神だったな…やっぱり雨男にいいイメージがない。

 

以上、雨男・雨女についてのあれこれでした。

 

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

 

 

苦すぎる初恋の思い出/『はつ恋』 ツルゲーネフ

ロシア文学

 誰もが経験した初恋を描いた小説。しかし、かなり心にくる。恋の高揚感が伝わってきて甘酸っぱい気持ちを味わえたけど、後半になると心をえぐる展開に。この恋の痛みはなかなか癒えないだろうな。初恋を描いた古典的名作であった。

はつ恋 (新潮文庫)

はつ恋 (新潮文庫)

 

 

今年を少し振り返ってみる

雑記

もう暦の上ではディセンバーです。気持ちの上ではノーベンバーなのですが。今年も早いものです...今年の3月にブログを始めてみましたが、結局三日坊主に終わってしまいました(て言うか3日も続いていない!)。一年間の記事数、驚くことなかれ、なんと10!こんなの3日もあれば書ける!自分の継続のなさに呆れます...来年は毎日、いや毎週更新できるようにしたいところ。

 

今年を振り返ると色んなことがありました。大学4回生になり、本格的に研究室に配属されて、実験の日々。本を読む時間が...また、映画にハマった一年でもありました。特にタランティーノとクリストファーノーランは殆ど全部見ました。パルプフィクションとレザボアドッグスは何度も見ました。クリストファーノーランはインセプションダークナイトがすごく良かったです。ダークナイトは重厚な文学作品を読んだあとのような衝撃を受けました。悪と善がめまぐるしく変わり、正義とは何かと考えさせられます。あと、エターナルサンシャインにもはまりますました。個人的にエターナルサンシャインはものすごく悲しい話だと思ってます。

 

今年の映画といえば、『君の名は。』!もう3回も見てしまいました(笑)。『秒速5センチメートル』から新海誠監督が好きなのですが、『君の名は。』は新海誠特有の心締め付けられるエンドじゃないことに驚きました。絶対最後すれ違うやろって思ってました。今までの散文的な映画から、コミカルでストーリー性に重きが置かれている映画にシフトチェンジしたんだなと。監督もインタビューで、大衆向けのエンタメを作ったと言っていました。『君の名は。』すごく良かったです。また『秒速5センチメートル』みたいな作品もみたいと思っていますが。『君の名は。』の考察や感想についてブログに書きたいなと思ってはいるものの、まだ書けていません(笑)。今年中には書きたいな。

 

今年発売された本の中では『コンビニ人間』が1番良かったかなと思っています。今年発売された本をあまり読めていませんが(笑)。単行本は大学生のサイフには厳しいよ。コンビニ人間は現代版カミュの『異邦人』と言える作品で、すごく良かったです。他の村田沙耶香さんの本も読んでみたくなりました。

 

高校の校訓みたいなのに「継続は力なり」というものがありました。まさにその通りだなと。身の回りで結果を残している人はみんな努力を継続している人ばかりです。自分はというとブログすら続かないという体たらく。これからはちゃんと継続できる自分になりたいなと最近強く思います。今回はそのための戒めのブログにしたいと思います(笑)。